一.ブランキー・ジェット・シティ
下北沢が変わり始めて結構経つ。昔と比べて云々と愚痴らないよう、少し大きめの高楊枝を咥えなければ。でも二度と戻らない時間をだらしなく思い出し、ニヤついたり寂しくなったりする夜も必要。
冬の時期、思い出すのはおでん屋「節子」。今は跡形も無くなってしまった駅前市場の老舗店。屋台はあるが、そこで食べるより、付近に置かれた椅子を使うことが多かった。「千円分、お願いします」という頼み方を教わったのは此方、というか、それ以外の店で試したことはない。若くて貧しかったが、気兼ねなく奢ったり奢られたり。夜が深くなり、様々な酔いどれ諸氏の痴態を肴、いや教訓に戴くおでんは、ついこの間まで実家で食べていたおでんとは全くの別物。感傷混じりに思うことは、あの市場で夜風に吹かれながら呑んでいたのが原風景。だから今もそんな店が好きなのかも。吹きっさらしで、立っても座ってもよくて、ちゃんと背伸びが出来て。今、脳裏に浮かんでいるのは、御主人のカズオさんが猫をかまっている姿。何度も見たような、一度しか見なかったような曖昧な記憶。下北沢が変わり始めて結構経つ。近々、御近所の姉妹店「S」に行ってみようかな。彼処はお好み焼きがメインだけど、おでんも食べられる。
若くて貧しかった頃、リアルタイムで活動しているバンドのアルバムは新譜で3000円。もちろんCD。一方、ルーツ探訪で買い漁る洋楽/名盤系のアルバムは、輸入盤&中古で100~1000円程度。もちろんCD。感傷混じりに思うことは、そりゃあ古い音楽ばかり聴くよなあ。そんな中、ブランキー・ジェット・シティが新曲「悪いひとたち」を発表。一曲のみ収録でたしか1,200円。贅沢品、と思いきや「歌詞に問題があり自主盤としてのリリース」という最高に魅力的なインフォメーションをキャッチ。ブルーハーツの片面EP「チェルノブイリ」のパターンだーー。きっと何かある、という期待に満ち溢れ即日購入。約九分のその曲の中には、その後三十年経っても損なわれない衝撃があった。フロントマンの浅井健一(=ベンジー)は約十ヶ月前に発表された二枚目『Bang!』(‘92)の中で「想像力のカプセルを一つ飲み込んで」と歌ったが、書き上げるには一つでは足りないだろうと思われるその歌詞に、それを適切なスピードで摂取させてくれるメロディに、即効性を実感できる生々しいアレンジに、興奮しながら打ちのめされた。詩の世界観について云々するほど野暮ではないが、テレビの画面から実際に手が出てきて胸ぐらを掴まれるような「境の飛び越え方」は今もなお美しい。最初の一節を口ずさんでみよう。「悪いひとたちがやって来て みんなを殺した」。今、連日テレビが流している情景と同じじゃないか。
【悪いひとたち / BLANKEY JET CITY】
二.ディスチャージ
パンク・ロックを更に速く、重く、激しくしたハードコア・パンク 。何度となく細分化と進化を繰り返しているが、彼らに触れていないパンク以降のロック史はデタラメ、というパンク雑誌「DOLL」の元編集長・森脇氏の評を持ち出すまでもなく、ディスチャージはジャンルを象徴するバンドだ。反戦・反暴力・反システムの主張、そして性急な2ビートは周辺&後続バンドへの影響大。戦時下の悲惨な写真(低画質&モノクロ)を用いたアートワークも同様。初めて聴いたのは名盤、ミニアルバム『WHY』(’81)。全十曲すべて一分台の速射砲。悲惨な情景をそのまま簡潔に描写し「WHY」と絶叫するとてもシンプルな構図は、言葉の枠を飛び越えて直接突き刺さった。ちなみに、国産の音楽で最も海外で支持を得ているジャンルはハードコア。多分。
冬になると、おでんをつまみながら呑む回数が増える。ここ数年はウイルスでそれもままならないけど、それでもやはり足が向く。真っ先に思い浮かぶのは田端の立飲み「S」。雰囲気、味、価格、どれも好み。おでんのタネはどれも90円。出汁で薄く染まったハンペンを肴に、ポットから注がれる熱燗をちびちびと。とてもシンプル。幸せ、という言葉を躊躇なく使えるのはこんな時。でも高いところに置かれたテレビからは戦局を伝えるニュース。なぜだろう、と腑に落ちない。
【 Why / Discharge 】
三.ミュート・ビート
何軒か好きな店があると、当然そこに行きたくなる。別におでんは冬だけのものではないけれど、どうしても冬に偏りがち。なので新規開拓がなかなか捗らない。そんな中、ひょんなことから良い浜松町で素敵なお店に遭遇。ひょん、と云っても「近くの目当ての店が閉まってたから」という頻発事案。どうするかなあ、と歩いていると目に入ったのが赤提灯に「おでん」の文字。店名は「M」。引き戸の構えに惹かれてフラフラと。カウンターの端に座りメニューを拝見。タネは100円台。好きな大根、しらたき、昆布をオーダー。出汁がしっかり染み込んだ旨そうな色。無論実際旨い。熱燗を「熱め」にしてもらいホッと一息。春の陽気になる前にまた来なくては、と密かに決めつつちびちびと。
ダブ、はレゲエ・ミュージックの極端なミックス。多分……言葉足らず。つまり本来は編集作業。それを生で演奏するのがダブ・バンド。多分。パンクとレゲエは相性が良いので、若い頃から耳にしていたが、どっぷり浸かる程ではなかった。好きなのはダブ詩人(!!)のLKJことリントン・クウェシ・ジョンソン。ついさっきも三枚目『Bass Culture』(’80)を聴いていた。
日本初のダブ・バンドはミュート・ビート、らしい。若い頃のイメージは、パンキッシュでサブカルなインスト・バンド。そのイメージが変わったのは、メルトダウンしたスリーマイル原発の写真がジャケットの二枚目『LOVER’S ROCK』(’88)。そのアルバムに収録されていた楽曲が「キエフの空」。当時連想したのはチェルノブイリ原発だったが、今はきっと戦争。
【 Kiyev No Sora(キエフの空) / MUTE BEAT 】
寅間心閑
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