一.おとぼけビ~バ~
ビタッと気持ちよく決まるタイミングはなかなか訪れない。他人に自慢したくなること、死ぬまで秘密にしておくこと等々、そういう機会は本当に少ない。加齢のせいにしがちだが多分違う。昔から滅多にない。大それた話でなければ飲食関係。機会は一日に数度訪れるので、たまに試してみる。こういうのがいいなと「理想」を掲げ、なるべく近づくようにトライ。自炊部門では、覚束ないながらもお好み焼きで時々ビタッと決まる。ひっくり返す時もさることながら、生地を綺麗に薄くひけると気持ち良く、心なしか味もイケているような。一方、外食部門では鰻、と鼻息荒くしたいが実のところはアジフライ。まあ奥が深いというか、一筋縄ではいかないというか、決まった時の歓びは大きく、やっちまった時の落胆はずっしり重い。
先日は少々手間をかけて理想にトライ。目指すは都内に十一ヶ所ある中央卸売市場のひとつ、敷地面積四十万平方メートルととにかく広い大田市場。その場内にアジフライが評判の食堂、創業七十余年の「S」がある。バスを降りるとすでに場内、しかも見学自由なのでこれは至れり尽くせりと気を抜いていたが案外放任教育。配送車やターレが行き交う中をスマホのマップアプリ頼りにキョロキョロ&ウロウロ。へっぴり腰だが仕方ない。想定外の緊張感をくぐり抜け、ようやく棟の中へ。意外と多くの店舗が連なっている。程なく見つけた店先には発泡スチロールに記されたお品書きがズラリ。迷いはしたがなんとか初志貫徹で店内へ。にこやかな女将さんに単品二枚と瓶ビールをお願いして一息。場内のトイレから戻ると、程なくお目当てが到着。この時点で午前九時。そう、市場の朝は早い。添えられたレモンとソースを軽くかけ、ビールで潤した口に運んだ瞬間、正にビタッときた。そうそうこれこれ、と頷きながら先ずは遠慮なく食べ進む。ドント・シンク、フィール。無論そのための二枚オーダー。
パンクスの性で、早かったり/歪んでいたりするとそれだけで興味が湧く。とはいえ光陰如箭。音楽にスピードを求めなくなって結構経つが、キレのよさは未だに、そしてこれからも求め続けたい。ここ数年の中で素晴らしかったのは、京都発の四人組女性バンド、おとぼけビ~バ~。海外の一流どころから称賛を受けまくるのも納得のキレ具合。断面の粒が綺麗に揃っている。まだ未聴なら是非四枚目のアルバム『いてこまヒッツ』(’19)を。また同様にビタッと決まっているのは歌詞。関西弁云々ではなく、行間のすっ飛ばし方が本当に素晴らしい。音色/声色のキレのよさも相俟って「歌詞を見なくても概要が伝わる」という意外と高めなハードルを軽々とジャンプ。
【 →脱・日陰の女 / おとぼけビ~バ~】
二.ザ・モッズ
例えばブルーハーツ。その名も「パンクロック」という結構スローな名曲を奏でていたが、彼等をパンク・バンドだとは思わない。曲と詞に情緒がある。個人的にパンクの楽曲はもっと殺風景だ。当時は「ビートパンク」というジャンルにカテゴライズされることが多かったが、言い得て妙なネーミングだと改めて感心する。同様の理由から結成五十余年(!)のザ・モッズもやはりパンク・バンドとは少し違う。かといって「ビートパンク」に属する訳ではなく、wikiによれば「ビートロック」とのこと。まあ細かな分類は措いておくとして、やはり彼等の楽曲にも情緒が溢れている。さっきから情緒情緒っていったい何よ、と問われたら少々雑な判定法をお伝えします。ギター一本での弾き語りスタイルにアレンジしやすければ情緒アリ。おとぼけビ~バ~、しづらいでしょう?
そして詞の方向性は基本的に反体制、となると畢竟ヒロイックに映りがち。誤解を恐れず言えば、良くも悪くも格好良すぎる(ちなみに、そんな格好良さを剥ぎ取ってみせたのがブルーハーツ)。ただこのヒロイック、ビタっと決まった時の破壊力は凄まじい。モッズの十二枚目のアルバム『叛~REBEL』(’91)は、当時勃発していた湾岸戦争への怒りに満ちている。クラッシュの名盤『動乱(獣を野に放て)』(’78)直系のサウンドに乗せ、ストレートに吠える音像は今もなお、いや今だからこそ高らかに響く。
アジフライの余韻を楽しみながら大田市場を後にし、そのまま散歩がてらテクテクと。三十分ほど歩いて辿り着いたのはボートレース平和島。まあ仕方ない、人間だもの。ボートの爆音と施設の建て替え工事のノイズにクラクラしながら、途中施設内の立ち飲み「O」でリフレッシュ。レモンサワーの肴はハムカツ200円。ハイ、やはり賭け事には向いてないようで、一度もビタっとは決まらず……。
【 PRISONER (野獣を野に放て)/ THE MODS 】
三.安田明とビート・フォーク
日本語はその特性ゆえか、ディスコやソウル、ファンクなどの所謂ブラック・ミュージックとの噛み合いが少々難しい。言葉尻がサウンドから「はみ出したくないのに/はみ出してしまう」イメージ。つまりビタっと決まりづらい。その解決策の一例としてご紹介したいのが、安田明とビート・フォーク。ファンクとの噛み合いを気にすることなく、スタミナ満点の歌声をぶつけるコロンブスの卵的ムーヴだが、これが素晴らしい。元々のグルーヴをガラリと変える異形の逸品。
最後に昨晩、とある立ち飲み屋で遭遇したビタッとな瞬間を。狭い店内には、二十代後半・男性二人組の愚痴が響いていた。上司がどうの/給料がどうの。別にいいけど、二人とも話がとにかく下手。いい加減うんざりしてきたところで常連らしき男性が来店。「マスター、ビールだよ!」とのっけからハイテンション。そのまま数分過ぎた頃、店主が「今日ノリノリだね。変なクスリやってんじゃない?」と振ると「バカ、もうやってないよ!」と切り返し、数年前に捕まった時の話がスタート。「妹が身元引受人だよ!」のフレーズに店内のムードがガラリと変わった。私は不謹慎ながら大瓶を追加注文。もう少しお聞きいたしましょう。
【人間廃業四〇七号 / 安田明とビート・フォーク】
寅間心閑
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