一.長谷川きよし
段々と外で呑む回数が増えてきて、気付いたことがひとつ。基本的に一人なのに、否、一人だからこそ、どんな空間/雰囲気で呑むかはとても重要。何を今更な話だけど、忘れちまったのは誰のせいだい、お前さん。こうして再開するとよく分かる。何が楽しくて外で呑んでいるのか。味は二の次、とまでは言わないが、まあまあそのライン。飲酒は口実に近いかも。良さそうな場所にお邪魔するための、ちょっとした口実。
酒の為だけに池袋へ行くのは久しぶり。まずはいつもの三軒に顔を出して、と思ったら一軒が閉店。「でかんしょ」池袋店、お世話になりました。そこそこ広い店内で、ポツンと呑むのが好きだった。「そうかあ、マジかあ」と呟きながら、角打ち「L」へ。此方はラフな感じが楽しい。店に入って大瓶を取り、レジで払おうと思ったら誰もいない。あれあれ、とキョロキョロしていると、諸先輩方から「呑んどきなよ」「いいから、いいから、大丈夫」と声がかかる。予想を超えた御指南に思わず笑っちまった。「いやいや、さすがに」と遠慮していると「外で一服してるから」と教えてくれた。それなら、と店主に一声かけて戻ると栓抜きを渡される。ナイス連携、素晴らしい。お邪魔します、の気持ちを込めてグラスを一口で空に。やっと落ち着いた。
盲目の天才だから、彼に興味を持った訳ではない。発売禁止になった楽曲がある、というのが最初のきっかけ。暗すぎる、という曖昧な理由で引っかかったのが歌詞ではなくタイトル、更に「少し変えて発売に至った」という経緯にも興味があった。作家・野坂昭如のカバーとなるシングル「黒の舟唄」のB面曲、「心中日本」(’72)がそれにあたる。素晴らしい、というのが第一印象。「暗すぎる」ではなく凄すぎる。本当、惚れ惚れする。作詞家の「能吉利人」は、富士フィルム「お正月を写そう」など多くのCMソングを手掛けた作曲家・桜井順のペンネーム。無論、楽曲自体も予想を遥かに超えて素晴らしい。この曲を聴いて以降、長谷川きよしに興味を持ち、ライヴにも足を運んだ。数年前、銀座のバー「S」での公演、手が届きそうな、というか本当に手が届く最前列で観た興奮と感動はちっとも色褪せない。歌もギターも美しい。ちなみに発売するための解決策は「ノ」の字を二つ入れること。「心ノ中ノ日本」と改題してどうにか再発売。
【心中日本 / 長谷川きよし】
二.ステレオラブ
呑み屋街には、心を弾ませる雰囲気があるが、西荻窪駅南口に位置する一角には、それを許してくれる空気も漂っている。平日の昼から呑んでも罪悪感が薄いというか、仕方ねえなあというか。自分に甘いのはけしからん、なんて呟きつつ、先日久々に訪れてみた。最初はやはり創業約半世紀の老舗酒場「E」。通りを挟むように構えた店内には、それぞれに楽しむ人々がチラホラ。通されたのは外が見える席。190円のハイボールで喉を潤し、やきとんを数本お願いする。壁に貼られた注意書きには、「知らない隣の人に、むやみに話しかけるのは、やめましょう」。知っていたらセーフっぽいところが機微ってヤツ。日本語に不慣れな外国人の若者は、やきとんを食べつつ「ライス」とオーダー。おにぎりならあるけど、と思っていると皿に盛った白米到着。さすが臨機応変。外テーブルには女性がひとり、いや隣には子犬の姿。傍らに置いたベビーカーには豚。豚? 二度見したがやはり豚。軽く予想を超えてきた。通りすがったオバサマたちが気付くと、さっとカバーをして豚を守る。はいよ、と届いたやきとん同様、このムードが素敵な肴。
この曲がお気に入り、という感じではなく、アルバム全体が好きというパターンはよくある。ただどのアルバムも、となると少々珍しいかも。ロンドン発のバンド、というかグループ、ステレオラブは個人的にそんな位置付け。モンド・ミュージックと呼ぶには聴き応えがしっかりだし、名曲集と呼ぶには輪郭が淡い。最近のお気に入りは、寺山修司の実験映像『トマトケチャップ皇帝』(‘71)からストレートにインスパイアされた五枚目『エンペラー・トマト・ケチャップ』(‘96)と七枚目『ミルキー・ナイト』(‘99)。難点は予想を遥かに超えて音色が気持ちいいこと。そのおかげ、いや、そのせいで後半になると寝落ちてしまうことも多々。呑んだ帰りの電車内では、聴かないようにしなければ。
【 Caleidoscopic Gaze / Stereolab 】
三.クリフォード・ブラウン&マックス・ローチ
西荻窪の隣の駅は吉祥寺。電車ならば三分弱だが、歩くと三十分弱。久々ついでに歩いてみよう。別に思索にふけるようなことは一切なく、次はどこで呑もうかなあと品定めするのみ。歩行中に出た結論は駅前のチェーン店「H」。立飲みなら大瓶410円。都内最安値に迫ってくる。とりあえずここからリスタート。そう心に決め店内に入ると、予想を超えた大盛況。立飲み用のカウンターは既に八割埋まっている。端の一角では仕事終わりの職人さんたちが次のプランの話し合い。「あそこのマスター、待ってるかな?」「待ってなくても行くんだよ」。威勢の良さの原動力はもちろん大瓶。カウンターに結構並んでいる。同じく一本頼んで仕切り直し。街が変わればまた一杯目だ。場所柄、客の入りも良くますます盛況に。この漲る感じが堪らない。
誕生日が同じ有名人を訊かれると、昔は中原中也と答えていた。ここ数年はデューク・エリントン。サー・デューク一択。彼の作った名曲の数々は、様々なプレイヤーに奏でられる度、新たな命を吹き込まれていく。先日「ああ、この曲もそうか」と気付いたのは、クリフォード・ブラウン&マックス・ローチによる最初のスタジオ録音盤(‘55)のラスト、「ホワット・アム・アイ・ヒア・フォー」。エラやサラのしっとりとした歌声も良いけれど、こちらの予想を超えるハード・バップ・ヴァージョンは最高。端正な旋律ががっつり際立ち、生気漲る音色に身体が動き出す。
【 What Am I Here For / Clifford Brown & Max Roach 】
寅間心閑
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