一.ジャネール・モネイ
前回の原稿を書き終えた後に、都内は「緊急事態宣言」から「まん延防止等重点措置」に切り替わった。つまり時間制限はあるものの、外に出て/店に入って/酒を呑む、というアクションを久しぶりに楽しめるようになった。日常復活。確かに専門店へ行かずとも、近所のコンビニにも様々なアルコールが売っている。最近のお気に入りは黒胡椒を使ったクラフトビール。ほう、と思わず感心する味わい。スパイシーな後味を楽しみながら、これが300円で呑めるのかと更に感心。
でもやはり、「店で呑む」という行為にはミラクル発生の可能性がある。安い/美味い、に代表される絶対的な正義を飛び越す何かが現れたりする。ある種「賭け」かもしれないが、まあそれでもいいじゃない。高くて不味い酒だとしても、とりあえずは酔えるんだから。
良い店に巡り会うことを「アタリ」とするなら、過去のデータは貴重なヒント。ヒトはそうやって常連客になっていく。ただノーヒントで新しい店に入る時の高揚感は別腹。「アタリ」でも「スカ」でも痺れちゃう。
久々の外呑み。場所は渋谷。堅い勝負に出るつもりだったけど、興味深い中華呑み屋を発見。場所は線路近くの雑居ビルの五階。四階まではエレベーターでそこからは短めの螺旋階段。入店までにこんなに盛り沢山なら「スカ」でも無問題。しかもハッピーアワーでチューハイ220円。「アタリ」確定。迷う理由が無くなったので小さなエレベーターで四階へ。続く階段からの眺めは最高、というかレア。入店前に思わず数分堪能してしまう。意外とシックな店内で出来たての餃子を肴に、久々の外呑みを満喫。程々の高さから渋谷を見下ろしたい時はまた来ます。
新譜をノーヒントで聴くのは難しい。ネット主流になってからは言わずもがな、昔は昔で身銭を切るんだから、とヒントを得るため頑張っていた。綺麗に真逆。まあ完璧なノーヒントは厳しくても、新譜を聴く時の高揚感は別耳。それが未知の演者ならば尚更。もちろん新しくリリースされる盤だけが新譜ではない。未聴の盤は全て新譜。
最近新譜ならではの高揚感があったのは女優、モデルとしても活躍するジャネール・モネイの『ダーティー・コンピューター』(‘18)。R&Bというフォーマットの中で、企みに満ちた刺激的な音楽を奏でる彼女。BLM運動、LGBTQコミュニティーへの支持表明といったメッセージとのバランスも良い(現時点での最新曲「ターンテーブルス」(‘20)のテーマは選挙権における人種差別)。
盟友プリンスの死によってリリースが遅れた本作は、オープニングを飾るタイトル曲からワクワクしてしまう。クレジットにはブライアン・ウィルソン。R&Bマナーのトラックに響くコーラスワークは、二曲目以降への期待を一気に盛り上げてくれる。
【 Dirty Computer / Janelle Monáe 】
二.井上陽水
未聴の盤は全て新譜、というポリシーのもと、少し前まで井上陽水の「新譜」ラッシュを楽しんでいた。無論ノーヒントではないが、天才特有のクセの強さや、巧みな硬軟の使い分け(二刀流!!)のおかげで実際聴くまで予測不可能。そっと添えられる有名曲を口直しに、どのアルバムも本当に楽しめた。
お気に入りは『二色の独楽』(‘74)と『弾き語りパッション』(‘08)。若い頃に聴いてピンと来なかった『バレリーナ』(‘83)も良かった。一曲一曲を堪能したいと思い、実際それに耐えうる人は稀有。奇才・タモリは彼の歌詞を「水墨画」と評したが、それは硬軟の「硬」。私の感覚では「軟」はサラサラと書いたイタズラ書き。シュール、ユーモラスと評されがちだが、あのサラサラ感は凄い。ちなみに以前から好きな曲は『カシス』(’02)収録の「決められたリズム」。分類するなら水墨画系。
あそこの店へ行こう、その後はこっちの店にしよう、と外呑みのプランを考えるのは楽しいが、ふと出来てしまった空き時間/待ち時間を埋める為に、ノープランのワクワクを楽しむこともなくフラッと呑み屋に入るのも贅沢。そんなふんわりとした贅沢も、久々に味わえた。まだまだ明るい午後四時過ぎ、お目当てのバスが来るまで大岡山のもつ焼き「M」にフラッと。一本一本をじっくり堪能できる銘店にて、濃いめのチューハイを噛み締めながら「ああ、もう一本遅らせちまおうかな」とだらしなくなって雨。軽くバチが当たった。
【決められたリズム / 井上陽水】
三.テレビジョン
何かないかな、と何度も聴くアルバムがある。何度聴いても理解できない、とも言えるし、音楽って理解するものかしら、とも思う。確実なのは「食べ残している」ような感覚があることで、案外無人島に持っていく時にうってつけかも。そのアルバムはテレビジョンのデビュー盤『マーキー・ムーン』(‘77)。エレキギターの美しさに溢れた46分間だ。学生の頃から聴いているが未だに完食したという実感がない。そして試す度に得られる物がある。昔は線の細い音に感じていたが、今はその線の構造がツボ。
何かないかな、と特に店を決めずにその辺りへフラッと訪れる。時間潰しとはちょっと違う贅沢。これも久々に味わった。場所は上野、店には困らない。少々迷ったが立飲み「T」へ。大瓶と煮込みでぼんやりしていると、隣の上下ジャージのお兄さんがライターをカチカチやっている。酒を飲んでカチカチ、肴をつまんでカチカチ。どうやらライター切れている。火があればお貸しするけど、あいにくここ数年禁煙成功中。店員さんに頼めばいいのに、という思いは時間と共に発展し、私が頼んでそれを貸してあげようか、とも。家呑みでは決して味わえないこの気持ち。こういう細やかな贅沢が、一ヶ月も続かないとはねえ。本当に束の間、指四本分の日常復活。
【 Venus / Television 】
寅間心閑
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