一.マッシヴ・アタック
オリンピックが終わって感染者数が増えた。緊急事態宣言は延期/追加され、また大手を振って店で酒を飲める日が遠くなる。くどい様だけど、我々呑みたい側はまだいい。極論何とでもなる。でも呑ませる側は大変だ。お仕事だもの。いや、各方面大変なのは承知しております。でもほら文章なり発言なりにはテーマがありまして、なんてノロマなフォローをしたくなるくらい、誰もが少しずつこの間よりイラついている。コンビニのリーチイン(飲料水の棚)には「路上飲みやめてね!」の貼り紙。でもこっそり呑ませる店は確実にあって、そこに行けばほぼ今までどおり楽しめる。分断というか、曖昧というか、適当というか。
ふと思う。約四半世紀前は逆だった。店は沢山あるが金がない。個人的な憂鬱。夏の夜に親友と二人、缶チューハイを呑みながら下北沢駅前に座り込み、通り行くタクシーの運ちゃんの顔を肴にダラダラと時間を潰していた。足りないものが多過ぎたから、埋まらないのは当たり前。それでも埋めようとするのが大事。なかなか客が捕まらず何周も回るタクシー。一台抜けたら一台入って、を凸凹に繰り返しながら夜が白むまで。別に今、アレを再びやりたい訳じゃないけど、やろうと思った時に出来ないのはちょっとアレかな。
英国ブリストル出身の音楽ユニット、マッシヴ・アタックのデビュー盤『ブルー・ラインズ』(’91)はリリースして間もなく「名盤」の称号を勝ち得た……はず。少々不確かだが、そう言い切りたくなるくらい、ずっと高評価の印象がある。ヒップホップから派生した新ジャンル「トリップ・ホップ」の出発点として記念碑的な意味合いもアリ。パンク的、ではなくパンクを通過しているイメージも申し分ない。ただ当時、実際に聴いてみると少々食い足りなかった。理由は簡単。こちらの耳が未熟なだけ。まだまだ汚く激しい音が欲しかった。数年前、英国の大手新聞紙「ガーディアン」に「史上最高のブリティッシュ・ソウル・レコード」と評されたシングル「Unfinished Sympathy」や、ウィリアム・デヴォーンのヒット曲のカバー「Be Thankful For What You Got」等、今聴けば「名盤」認定の要因も確認できる。贅沢を言えば、大きなスピーカーでガンガン流しつつ、朝までダラダラ呑んでいたい。そうすればきっと、当時聴き逃していたグルーヴに何度だって飛び乗れるはず。
【 Unfinished Sympathy / Massive Attack 】
二.松田聖子
ジェット27、というペパーミント・リキュールがある。ランプ型の瓶に入った綺麗な緑色。昔からミントのフレーバーは好き。歯磨き粉みたいと言われても無問題。アイスだってチョコミントを選びがち。ジェット27のイメージは夏。結局何もうまくいかない未熟な夏。もちろんキラキラ輝いている。今でも年に数回呑むけれど、ここ最近はチャンスなし。昼から呑める立飲みならともかく、なかなかバーは営業しづらい。
その昔、新宿・小田急ハルク(現ハルク)の歩行者デッキ「カリヨン橋」で勉強をしていた時期がある。文字通り、お勉強。主に暗記モノ。ジェット27のミニボトルをちびちび呑みながら、いつも二時間程は頑張っていた。その近くでよくダベっていたのは、当時まだ多かった行商のおばちゃん達。いつの間にか言葉を交わす様になり、ジェットひと口と海苔や豆を交換したりした。毎回「こんな勉強の仕方じゃダメだな」と誰かが言って、みんな大笑い。まあ、確かにダメだったけど。別に路上飲みを擁護/推奨する気はゼロ。ただ懐かしいだけの、だらしない話です。
トップスター、と躊躇いなく呼べる数少ないアイドルの一人、松田聖子。彼女のデビュー盤『スコール』(’80)はキラキラと輝いている。特筆すべきは今も聴く度にキラキラなところ。参加ミュージシャンの充実ぶりや、全曲の作詞作曲が同一人物(作曲は前年サーカスの「アメリカン・フィーリング」がヒットした小田裕一郎/作詞は文芸評論家・三浦雅士の妹である三浦徳子)というトータルコンセプトの隙の無さもさることながら、やはり感動するのは歌声。デビュー盤とは思えぬほど堂々としていて上手い。でも翌年の名盤『風立ちぬ』(’81)に比べると所々拙く、そして粗い。ただそのラフで野蛮な響きが生々しく、何度でもあの夏の日へ連れて行ってくれる。何もうまくいかない未熟な夏だけど。
【 SQUALL / 松田聖子】
三.ジプシー・キングス
呑みに出なくなった分、普段買わない酒でも買おうかと思ったりもする。完全なる「巣ごもり需要」。ジェット27も惹かれるけれど、きっと呑み過ぎるに決まってる。一日中ミント臭いのも悪くないけど、大人なんだからもう少し背伸びしないと。思い出したのはカナダ・ウイスキーの代表格「カナディアン・クラブ」。最後の〆にこれを呑むと、二日酔いを防止できるとバイト先の博識なKさんに教わった。人生経験豊富な50代の大先輩に言われたからと、すぐに背伸びして試してみた。元々二日酔いは滅多にしないので、なかなか効果が分からない。真偽を尋ねると「効くのは12年モノより8年ですよ」と。その後は8年モノ限定でトライしたが、結局一度も効果は実感できなかった。アレを久しぶりに試そうかしらん。
最初に意識したラテン音楽は、トリオ・ロス・パンチョスの「ラ・マラゲーニャ」。本家の楽曲ではなく、ビジーフォーの物真似だった。それが小学校高学年。数年後、二代目中村吉右衛門主演の時代劇「鬼平犯科帳」を見ていると、エンディグで流れた曲に惹きつけられた。日本の四季と江戸の町人文化を映し出す映像に重なるのは、憂いを帯びたラテン系ギターインスト曲。それがジプシー・キングスとの出会いだった。背伸びしていないのに、その景色が見えた感じ。世界中でヒットした彼等の三枚目『ジプシー・キングス』(‘88)はまるでベスト盤の様な粒揃いの楽曲。「inspiration」を聴くと夏でも熱燗が呑みたくなる。
【 Inspiration / Gipsy Kings 】
寅間心閑
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