一.日向坂46
黙食、だそうだ。コロナ以降、色々な単語が登場し浸透していく。ちょっとした既視感。大きな事件や災害の後は大抵こうなる。ただ今回は長い。もう一年過ぎた。平気そうだった人は疲れてきたし、大変そうだった人は慣れてきた。良くも悪くも平等に降り注ぐ厄災。しかも地球規模。これじゃあ文句も言いづらい。
愚痴る前に話を戻そう。黙食。そのまんま。黙って食おうぜ、ということ。トレンドキーワードなのか、掲げる飲食店も増えていて、実際見かけたこともある。個人的にはプラマイゼロ。元々黙食、いや、黙呑み派なので全然気にならない。
先日は仕事の帰りに久々の蒲田へ。コロナ以降、御無沙汰な場所が本当に増えちまった。惜しくも閉めた店もあるし、新しく開いた店もある。手始めに立ち寄ったのは、一昨年の年末開店なので後者寄り。横浜から進出してきた立飲み「G」。大瓶の安さと肴の豊富さはそのまんま。素晴らしい。迷った挙句に頼んだのは、直球な名前に圧倒された「塩レバー冷やしボイル」。マスクは顎にかけたまま、誰とも喋らず三十分弱、黙食、黙呑み。トレンドに乗りながら、七百円弱の贅沢をチビチビと。
おニャン子クラブ、AKB48グループ、坂道シリーズ、と昭和~平成~令和を通して人気アイドルグループを育ててきたプロデューサー、秋元康。その成功の大きさゆえ評価は様々だが、そのほとんどの楽曲を手掛けた作詞家としての力量は、量と質、そして売上げにおいて認めざるを得ない。しかもそれは彼の全作品の一部(!)。最近だと日向坂46のシングル曲「キュン」(‘19)や、アルバムのリード曲「アザトカワイイ」(‘20)などの「トレンドキーワード直球型」で、還暦を越えたベテランの技を光らせた。例えばこのキーワードを取り入れたテレビの特集があれば、高確率でBGMとして使われる。同様のパターンで真っ先に浮かぶ彼の作品は国生さゆりの「バレンタイン・キッス」(‘86)。発売後30年以上経った今も、シーズンになれば必ず耳にする。
日向坂46の4枚目のシングル「ソンナコトナイヨ」(‘20)は、歌詞に画家・奈良美智が登場するナンバーだが、初めて聴いた時に既視感ならぬ既聴感があった。それも二曲分、プラス両方好きな曲。これ、なかなかありそうでないパターン。
【ソンナコトナイヨ / 日向坂46 】
二.エコーズ
一曲はエコーズの「Alone」。ボーカルは作家の辻仁成。当時、聴くだけでなく何度か生で観たこともあったが、義務教育中の拙い感覚からしても、彼が発する熱さにはどこかモッサリとしたダサさがあった。初期のアルバムにおける、エコー&ザ・バニーメンやU2、ポリスを彷彿とさせるサウンドと、彼が書く歌詞、そして歌声のバランスに馴染めなかったのも事実だ。ただ、嫌いではなかった。その証拠に毎週月曜深夜三時から二時間、私はラジオを聴いていた。「辻仁成のオールナイトニッポン」。そこでは彼のモッサリとした熱さが心地よかった。毎週送られてくる全国のリスナーの悩みに答え、ノンストップで洋楽をかけまくる姿はどこか頼もしく、最終回の日の寂しさは今も覚えている。「Alone」が収録されているのは五枚目のアルバム『ハーツ』(‘88)。初期の作品より骨格が鮮やかになった音像と、彼のモッサリした熱さの相性はバランスが良く、ブレイク後の大合唱が入る瞬間は、いつも感情が揺さぶられる。
蒲田での二店目は「U」。此方の名物は中国東北地方の定番料理、スパイスで焼いた羊肉「スパ串」。時間的にハッピーアワー、チューハイ200円。はい、いただきます。店内は混んでいたので、店の外に設置されたテーブルに着席。ちびちび呑みながら、お通しの揚げピーナッツをポリポリ。待ち行く人々を眺めながら、のんびり風に吹かれる贅沢。完全な黙呑み、アローン状態。またチューハイを頼んでポリポリ……ん? スパ串来たらず。外国人店員さんに確認すると「忘レチャイマシタ、ゴメンナサイ」。無問題、無問題。待つこと七分。卓上の「秘伝のスパイス」を振っていただきます。おお、美味い。待った甲斐ありました。もちろんチューハイ、もう一杯追加です。
【 Alone / ECHOES 】
三.バズコックス
二曲目はバズコックスの「I Don’t Mind」(’78)。初ライブがセックス・ピストルズの前座、という満点のキャリアを持つ彼等は、英国マンチェスターの音楽シーンの草分け。ただ、そのキャリアやバンド名から想起されがちな典型的パンク・ロック・サウンドとは少し違う。甘酸っぱい歌声にキャッチーな旋律……なんて言うとシンプルな構造を想像しがちだが、それも少し違う。真似しようとして初めて気付く巧みな構成、特にコードワークは今聴いても斬新かつ新鮮。ちなみに1981年に解散するも、1989年に再結成。その数年後、当時人気絶頂だったニルヴァーナとも交流を持ち、ツアーのオープニング・アクトを務めることとなる。時代を象徴する二つのバンドの「前座」というのが、何とも彼等らしい。
さて、そろそろ帰らないと店も閉まっちまう。まだこんなに早い時間なのに、と恨み言を呟きながら足が向いたのは、そろそろ創業半世紀となる老舗の立ち食い蕎麦屋「S」。此方はもとより、系列の鶯谷店にも御無沙汰中。いつもながらの渋い店内、カウンター席に座ってチューハイを注文、肴は胃にも懐にも優しいしらすおろし150円。久々の街の雰囲気に酔ったのか、少しだけ眠い。これはまずいと、おでんのメニューを読み込んでみる。大「根」、玉「子」、す「じ」、揚げボー「ル」。縦読みすると――根、子、じ、る。ねこじる。猫の汁……。絶望的にくだらないけれど、I Don’t Mind。気にしない。黙呑みしている時に考えていることなんて、大抵この程度。
【 I Don’t Mind / Buzzcocks 】
寅間心閑
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