一.ウィルコ
好きな旋律はないけれど、好きなコード進行はある。それがたとえクリシェでもデジャヴでもパクりでも、一定の満足度が味わえる、そんなコードの並べ方。別に「あの曲ってあの曲のパクリじゃない?」とか「そもそもオリジナルなんて存在しない」なんて声高に言い合ったりしない。好きならクリシェでもデジャヴでもパクりでも無問題。うっとりと目を閉じて、惚けていればいい。
その名前を目にする度、嫌でも「マシンガン」の異名を持つギタリスト、ウィルコ・ジョンソンを連想してしまう、というのが彼等を意識したきっかけだった。その次がビリー・ブラッグとの共作アルバム『マーメイド・アベニュー』(’98)。フォーク・ソングの父、ウディ・ガスリーの未発表詩に曲をつける、というコンセプトも良く、それ以降彼等名義のアルバムを遡って聴いたはず。アメリカのロックバンド、ウィルコ。「オルタナ・フォーク」なんて呼び方をされているが、その音楽から連想するのは、静寂の中でゆっくり立ち登る白煙、あまり濃くない霧、そして靄。そんな儚い音色で好きなコード進行をなぞっているのが四枚目のアルバム『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』(’01)収録の「Jesus, Etc.」。すんなり身体に入って来たのは、間を活かしつつゆったりと流れる旋律。ノラ・ジョーンズもカバーしたと聴いて納得。
先日、彼等の新作『オード・トゥ・ジョイ』(’19)をようやく聴いた。場所はガラガラの特急列車内。流れる景色を見ながら聴いたその音は、予想よりしっかりした耳触り。一時間ちょっとの乗車時間が淡く色づいた。
創業八十余年の老舗居酒屋、自由が丘「K」は「酒学校」と呼ばれている。なんて甘美な響き。最終学歴にうってつけ。由来は、呑み方が自然に身につく店だから。素直に素晴らしいと思う。三名以上の客は二、三階へ通され、一階は静かに呑むスペース。大声等は御法度。実は私も十年程前、脱帽を促された経験アリ。
現在は幾分カジュアルな雰囲気に。私も近くに寄った際は、軽く一杯カジュアルに。平均滞在時間三十分弱。そして時折、ふっと静寂に包まれる瞬間と巡り会う。
【Jesus, Etc. / Wilco】
二.ディービーズ
パワー・ポップ・バンド、ディービーズのデビュー盤『スタンズ・フォー・デシベルズ』(’81)は、どこかユラユラと揺れ、気付けばクルクルとねじれている。
ユラユラやクルクルの正体が、「あの音にこんなエフェクトをかける」的な正攻法ではないように思えるところこそ、このアルバムの肝。初めてバンドを組んだ高校生でも知っているような、とても基本的な事項が抜けている感じ。無論最高の褒め言葉。だから好みのコード進行が出現したとしても、そこで終わりではない。
「ひねくれポップス」だがXTCのような職人っぽさはなく、所謂「天然」っぽさに溢れている。歌声にエフェクトをかけるのではなく、エフェクトをかけたような声で歌っちゃうイメージ。これも最高の褒め言葉。
都市再開発とやらで個人的に滅茶苦茶不便になった街、渋谷。その渋谷で現在一番高いビルが渋谷スクランブルスクエア。その11階にあるのが「シェアラウンジ」。嗚呼、日に日に知らない言葉が増えていく……。ええと、展開しているのはいつもアルバムのレンタルでお世話になっている「T」グループで、「シェアオフィスの利便性と、ラウンジの居心地の良さを兼ね備えている」と。即ち「仕事ができるラウンジ」という新業態――。しかも飲酒OK。なんだかクルクルねじれている。ん? フリードリンク? え? 一時間1300円で、ヒューガルデンの生があるの? 嘘! なんて具合で慌てて不便な街へ。果たして噂は真実だった。
ヒューガルデンの生は一年ぶり、いや、コロナのせいでもっとだな。とりあえず駆け付け三杯呑んだところで周囲をチェック。確かにノートパソコンでオンライン商談をする人、書類を広げたテーブルを囲む人々の姿がそこかしこに。一方、こうして呑みに来た人もちらほら。アルコール組はネックストラップが赤いのですぐ分かる。肴はこれまたフリーのナッツやチーズ。酒が進んでも仕方ない好環境。心なしか酒を注ぎに行く足取りがユラユラしているような。
【Dynamite / The dB’s】
三.水原弘
水原弘といえば「黒い花びら」(’59)。栄えある「第1回日本レコード大賞」受賞曲であり、日本が誇るコンポーザー・コンビ、中村八大(作曲)と永六輔(作詞)による「六八コンビ」が手掛けた名曲だ。このコンビの偉業として語られるのは、やはり全米チャート1位を獲得した「上を向いて歩こう」。歌を担当した坂本九を入れて「六八九トリオ」という呼び方もある。
「黒い花びら」のイメージや、本人の酒/金/賭け事にまつわるエピソードから、「夜の歌」の印象が強い水原弘だが、中には意外なほど楽しく明るい曲もある。「楽しい曲」なら文句なしに浜口庫之助作詞・作曲のコミックソング「へんな女」(’70)だが、「明るい曲」なら六八コンビによる「風に歌おう」(’63)が真っ先に浮かぶ。デジャヴを疑いたくなる普遍的で伸びやかな旋律が、こんなに彼の歌声とマッチするなんて。意外な取り合わせに思わずニヤリ。
コロナのせいで短時間営業を強いられている居酒屋は多い。新宿御苑「K」もまた然り。全品450円のメニューはどれも美味しく通常は予約必須の大盛況。だけど今は少々余裕アリ。入店したら迷わず熱燗。此方のは不思議と冷めにくい。名物の牛たん刺身に舌鼓を打っていると、あっという間にラストオーダー。これが短時間営業か。大変だなあとしみじみしていると、片付け始めたカウンターの大将が、感染対策用ビニールからグラスを出して「お疲れ様!」と笑顔で乾杯。そんな意外なアクションに思わずニヤリ。そうそう、しみじみしてても始まらない。次はもう少し早く来よう。
【風に歌おう/ 水原弘】
寅間心閑
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