第二回目は『牧羊神』VOL.1 NO.2、3である。雑誌の世界には『三号雑誌』という言い方がある。通巻三号で廃刊になってしまう雑誌が意外に多いのである。雑誌発行者の力不足が一番の原因だが、ほかにも理由がないことはない。誰だって雑誌を出すときは胸躍らせる。仲間といっしょに、雑誌でしかできない様々なプランを実現しようと意気込んで始めるのである。しかしやってみると、通巻三号くらいでプランが尽きてしまうことがある。もしくは思ったほどスリリングでも建設的でもなかったことが、あっけなくわかってしまう。そうなると雑誌を刊行し続けようという気持ちが失せる。
雑誌にとって『3』は魔の数字である。かくいう僕も学生時代に三号雑誌を出したことがある。今書いたとおりのことが起こった。新しい変化を期待したのに、それがまったく機能しなかったのだ。商業誌の三号雑誌は売れ行き不振が廃刊の原因だろうが、自発的に発行する同人誌では、やる気がなくなった時が廃刊の時である。寺山の『牧羊神』は三号を遙かに超えて刊行されたから、学生時代の僕より上手である。また創刊号後記で予告されていたように、雑誌刊行方針である『PAN宣言』が第二号から巻頭に掲載され始めている。
これも旧聞に属するが、シェークスピアの「マクベス」をとりあげて中村草田男は『Sleep, no, more』というあの緊迫した一語が作品「マクベス」で言わんとするテーマの一なのだと万緑誌上に書いたことがある。
そして彼はその章を『だから詩人はこの一語、すなわち Sleep, no, more に如く一語の探究のために命を賭すべきだ』と言って結んでいた。
僕たちも考えよう。ここに創刊した pan は現代俳句を革新的な文学とするため、そして僕たちの「生存のしるし」を歴史に記し、多くの人々に「幸」の本体を教えるための「笛」である。はじめ、この笛を吹きながら踊るのは、僕たちだけしかないけれど、そして僕たちの前には果てしない荒野と、どれが Sleep, no, more の本体なのかわからない羊歯の群ばかりではあるけれど僕たちはこの「笛」を吹きつづけよう。
僕たちはこの pan の方向を仮に憧憬主義と名ずけたい。
春の鵙国に採詩の官あらず 育宏
寺山修司
(『牧羊神』 NO.2 『pan 宣言(一)』)
幹ばかりになってしまった桜にかこまれた僕たちを意識することがあるが、そんな時でも、僕たちは「胸にあたためている純粋な夢」を放棄して軽んじてはならない。常に「十七音の世界観」を重んじ、青春の生き方とか夢とか環境などを、いかにすれば読む人へ切実に提示してくれるかを考えるべきである。だからといって僕たちは、自分を過度にまで信頼してはいけないし、また不信頼であってもいけない。信頼するより自信をもつことだ。――その上で真剣に悩み、真剣にうたうべきではなかろうか。
× ×
僕たちはよく重い壁にぶつかって、とまどうことがあるが、その時には眼をつむり、「自分の進むべき方向」を見つけるがいい。そして大胆に「若い」旗手の先頭になって進むのだ。
雪解泥水愚痴が主張になぜならぬ 清之助
京武久美
(『牧羊神』 NO.3 『pan 宣言(二)』)
第二号と第三号巻頭に掲載された『pan 宣言』だが、寺山は外向的であり、京武は内省的である。同人誌はだいたいこういったもので、資質の異なる二人が中心になってタッグを組むと、あるていどの期間はうまくいく。寺山の文章は扇動的で、読む人に将来への夢を抱かせるような書き方である。四十、五十代になって『僕たちの前には果てしない荒野と、どれが Sleep, no, more の本体なのかわからない羊歯の群ばかりではあるけれど僕たちはこの「笛」を吹きつづけよう』などと書けば、アホかと笑われるだろうが、書き手は若い。内容のないきれいごとなのだが、こういう書き方に大人は弱いのである。それにしても寺山の『pan の方向を仮に憧憬主義と名ずけたい』という言葉は、なんと端的に彼の資質を表していることだろう。彼は生涯何かに憧れ続けた人だった。
『牧羊神』第二号では『PAN の杖-創刊号合評座談会』が掲載され、寺山による『俳壇時評 背伸び向日葵』が掲載されている。作品と座談会(インタビュー)に時評という基本コンテンツが、だいたい第二号、三号で出そろっている。また座談会は、この時期には高価なテープレコーダなど使えなかっただろうから、速記と記憶を呼び起こしての筆記でまとめたのだろう。
ただこれも僕のささやかな経験だが、同人誌が座談会や時評をやり始めるときは要注意である。はっきり言えばジャーナリズムごっこが始まっている。そんなものは商業誌にまかせておけばいいのである。しかし『牧羊神』を大きくしたいという目的が、外向者・寺山と内省者・京武を結び付けている。雑誌が有名になれば、外向者はそれを踏み台にジャーナリズムの世界に去り、内省者は沈黙するか、時間をかけて本物の書き手に育っていくことだろう。おおかたの同人誌の行く末というか末路である。
なお第二号では中島鵡雄への書面でのインタビューが掲載されており、その中で中島は、『真の意味での俳句はもう何年つづくと思いますか』という問いに、『あと百年(情勢は数百年)』と答えている。このインタビューは『牧羊神』同人の中で話題になったようで、安井氏もこの言葉をめぐるエセーをどこかで書いていた。正岡子規も俳句命数論を唱えてその終焉を示唆したが、俳人はどうも自虐的なところがあるようだ。僕は少なくとも俳句短歌の寿命は自由詩などよりも遙かに長いと思う。
二月の果実 寺山修司
たんぽぽは地の糧詩人は不遇でよし
紙屑捨てに来ては船見る西行忌
洋傘たかく青空に振れ西行忌
五月の雲のみ仰げり吹けば飛ぶ男
人力車他郷の若草つけて帰る
句集『雲上律』より抜粋 寺山修司
秋の曲梳く髪おのが胸よごす
西行忌あほむけに屋根裏せまし
二階ひびきやすし桃咲く誕生日
(『牧羊神』 NO.2 )
上歌 寺山修司
啄木の町は教師が多し桜餅
燃ゆる頬花より起す誕生日
舟虫は桶ごと乾けり母恋し
卒業歌遠嶺のみ見ることは止めん
山拓かむ薄雪貫ぬく一土筆
蚤追へり灯火に道化帽子のまま
誰が為の祈りぞ紫雲英(げんげ)うつむける
土筆と旅人すこし傾き小学校
ここで逢ひびき落葉の下に川流れ
鳶の大きな輪の下郷や卒業歌
pan 秀句 共同審査より 寺山修司
口開けて虹見る煙突工の友よ
便所より青空見えて啄木忌
詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻
(『牧羊神』 NO.3 )
どこの高校、大学にも早熟の詩人、作家という人たちはいる。同級生たちが、何をどう書いていいのかわからぬまま右往左往している間に、彼らは雑誌の投稿欄に入選し、新人賞などを簡単に受賞してしまったりする。寺山はそういった文学秀才の一人だ。ただそういった文学秀才の前途が明るいのかと言えば、そうとも言えない。若年の文学秀才に共通するのは、無理をせず作品完成度を高めようとする中庸の能力でもある。
寺山は日常風景や心象を『○○忌』でまとめる効果を多用している。また『洋傘たかく青空に振れ西行忌』『人力車他郷の若草つけて帰る』『便所より青空見えて啄木忌』のように、辛く暗い場所(雨・洋傘-人力車-便所)から、底抜けの明るい場所に作品を導いてゆく言語効果を身につけている。その一方で、『五月の雲のみ仰げり吹けば飛ぶ男』のように、普通は心中秘めておきたい本音をずばりと表現する能力に長けている。ただこのような文学秀才が、文学などこんなものでいいのだ、詩壇・文壇などちょろいと考え出すと成長は止まる。寺山の俳句の秀作は、ほぼすべてが十代から二十代の作である。
冬の蟹 安井浩司
こまやかに冬の水草水ゆらぐ
鷦鷯(みそさざい)とまりてレールの鋭さよ
旧軍港鉄塊揚げれば冬の蟹
工夫四五人荒野に鉄路北へのばす
寒鮒のゆれて一瞬燈たしか
(『牧羊神』 NO.2 )
安井浩司が『牧羊神』第二、三号で発表しているのは引用の『冬の蟹』わずかに五句。われらが安井浩司は、やはりスロースターターだったようだ。
鶴山裕司
■ 『牧羊神 VOL.1 NO.2 十代の俳句研究誌』書誌データ ■
・判型 B5版変形 縦24センチ×横17.5センチ(実寸)
・ページ数 24ページ
・刷色 青、表紙『牧羊神』のみ赤色
・奥付
牧羊神 第一巻 第二号
昭和29年3月20日印刷
昭和29年3月20日発行
編集兼発行人 京武久美
青森市外筒井新奥野 京武久美方
発行所 牧羊神俳句会
印刷所 創造社
・同人MEMBER 総数40人
京武久美、宮村宏子、松井牧歌、木場田秀俊、近藤昭一、秋元潔、寺山修司、大沢清次、丸谷タキ子、野呂田稔、伊藤レイ子、工藤春男、福島ゆたか、安井浩司、山形健次郎、後藤好子、田辺未知男、乙津敏男、阿南文吉、松岡耕作、橘川まもる、高橋沖夫、中西飛砂男、北村満義、井畑寔、赤峰卓雄、大坂幸四郎、鈴木敬造、上村忠郎、太田弘吉、川島一夫、戸谷政彦、栗間清美水、種市つとむ、黒米幸三、菊川栃平、鈴木栄昌、小山内修身、今泉隆三
■ 『牧羊神 VOL.1 NO.3 十代の俳句研究誌』書誌データ ■
・判型 B5版変形 縦24センチ×横17.5センチ(実寸)
・ページ数 16ページ
・刷色 青、表紙『牧羊神』のみ赤色
・奥付
発行日 四月三十一日
編集兼発行人 京武久美
青森市外筒井新奥野 牧羊神俳句会
・同人MEMBER 総数40人
京武久美、宮村宏子、松井牧歌、木場田秀俊、寺山修司、田辺未知男、丸谷タキ子、橘川まもる、近藤昭一、中西飛砂男、福島ゆたか、上村忠郎、山形健次郎、後藤好子、野呂田稔、黒米幸三、大沢清次、安井浩司、川島一夫、赤峰卓雄、林俊博、栗間清美水、北村満義、大坂幸四郎、戸谷政彦、菊川栃平、高橋沖夫、川添巌、松岡耕作、田中明、乙津敏男、秋元潔、工藤春男、井畑寔、鈴木敬造、今泉隆三、種市つとむ、太田弘吉、小山内修身
■ 『牧羊神 VOL.1 NO.2 』掲載 安井浩司作品 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■