一.斉藤由貴
少し過ごしやすくなったと思ったら、肌寒さを感じる日もちらほら出てきた。もう、というか、ようやく、というか、夏が終わった。でもコロナはまだ終わらない。今年は冷夏、なんて言ってたのは誰だ、と噛みつきたいくらい暑い日もあった……はず。と、歯切れが悪いのはあまり飲み歩いていないから。よく知らないんだよな、という感じ。畜生、コロナの奴め。まったく外呑みをしない訳ではないが、やはり回数は減った。まあね、なるなら騙すより騙される方、うつすよりうつされる方。この歳になって他人様に迷惑はかけたくない。なるべくなら、ね。
そうは言いつつも、街に誘惑は数多ある。過去に二、三度訪れたけど、明らかに満員で入れなかった店。そんな店をふと覗いて席が空いていたとしたら、それはまあ諦めよう。運命だ。因果だ。いや、これぞ御褒美だ。そんなこんなで方南町の居酒屋「S」に入店。店の前のメニューで大瓶の価格はチェック済み。「お飲み物は?」「大瓶を」「少々お待ちください」。こうポンポン調子よくいきたいねえ、と壁に貼られたライヴのフライヤーを見始めると同時に瓶到着。早い。うんうん、こうでなくっちゃ。少なくとも最初の一杯目くらいは待たせないでくれるとありがたい。余計なイントロ抜きでドンとね。ほら、もう飲む前から旨い。ああ、と幸せを噛みしめながらメニューを見る。ししゃも南蛮漬、ニラぬた、高菜明太ポテトサラダ 、なんとなくイメージできる範囲の変化球が嬉しい。しかも全部300円台。おお、ハムカツは200円ジャスト。堪らん。こういう丁度いい店って、本当ありそうでない。尚且つ壁のフライヤーはパンクにサイコビリーにTheピーズ。そして店員さんの中には多分現役なビリーの方。本当に素晴らしい。あと女性は中生がいつでも半額。半額!? 思わず無理筋な嘘をつきたい衝動をこらえて、とりあえず大瓶をもう一本。
店内をぐるり見渡すと、二台置かれたテレビでは偉大なる作曲家・筒美京平先生死去のニュース。そうそう、朝も見た。ファンの端くれとしてはとても胸が痛い。さすがに2020年代こそ出なかったが、60年代から2000年代までの半世紀に渡ってNo1ヒットを産み出してきた怪物。職業作曲家として質、量ともに彼を超える人は、今後きっと現れない。曲の構成で捉えるなら、サビに行く前の所謂Bメロ。そこのトゥーマッチな粘っこさ/甘ったるさに、私は目が、いや、耳がない。80年代の少年隊「仮面舞踏会」(‘86)、C-C-B「Lucky Chanceをもう一度」(‘85)、沖田浩之「E気持ち」(‘81)辺りのヒット曲を聴くとよく分かる。本当にサビ前が甘い。その中でも1985年にリリースされた斉藤由貴の「卒業」(2月)、「初戀」(8月)、「情熱」(11月)の漢字三文字シリーズのBメロ(「卒業」については「Aメロ後半部」)は、松本隆の詞世界と相俟って何度聴いても大丈夫。ちゃんと味がする。もちろん斉藤由貴に対する贔屓目はある。当時、彼女の笑顔がプリントされたシャーペンを使っていたことも隠さないし、玉置浩二が作曲した「白い炎」(‘85)や「悲しみよこんにちは」(‘86)も素敵な曲だったと素直に認めよう。でもやはり、あの漢字三文字シリーズにはどうしようもない魅力がある。
【初戀/ 斉藤由貴】
二.ヴァン・モリソン
余計なイントロ抜きで始まる歌が好きだ。出だしの息遣いが感じられれば尚いいし、それがアルバムの一曲目なら期待に胸が震えてしまう。その点においてヴァン・モリソンのソロ三作目『ムーン・ダンス』(‘70)は世間の評価も納得の名盤だ。ただ出会ってからしばらくは苦労した。何せ初対面は義務教育終了直後。とにかくとっつきづらい。当時の未熟な耳には少々難しかった。今聴けば、ソウルフルな歌声とポップな楽曲のバランスが正に丁度いい。
先日、小学校からの幼馴染み、一緒に暮らしたこともある親友と献杯を交わしたのは、吉祥寺の老舗の焼鳥屋「I」の公園店。不幸があったのは私の方。前回は休載してすみませんでした。
その名の通り、井の頭公園の入口にある此方は、数年前に改装してから初めての訪問。昔は色々とボロで味わい深かったが、ポカンとするほど綺麗になっていた。吃驚。通されたのは二階。まさかの全面座敷。法事感たっぷりのムードも今なら、特に今日なら丁度いい。
【 And It Stoned Me / Van Morrison 】
三.ザ・リプレイスメンツ
会えたのは親友だけではない。長らく家庭教師をしていた「教え子」まで来てくれた。今や二児の母親。本当、逞しくなりやがって。実は彼女の親も幼馴染み。訳あって数年前に絶交したので、今後二度と会うことはないが、それも人生。人間だもの。
もう一軒ハシゴしてまた相当呑んだけど、「じゃあまた近いうち」と別れてしまえば何となく物足りない。なので帰り道は、楽しかった宴の感触を肴に、コンビニで買った缶ビールでひとり三次会。再び献杯。こんな時、役立つ肴が「したらば」。ざっくり言うならデカいカニカマ。モノによっては明太マヨが入ってる。このジャンキーな味わいが、余計なイントロ抜きで立呑み屋や角打ちの感覚に。コンビニ毎に種類も違うけど、一番グッときたのはJR系のコンビニ「N」のヤツ。
右手にしたらば、左手に缶ビールで夜道をてくてく。ふと目についた陸橋に寄り道して、耳にイヤホンを。聴きたいのはザ・リプレイスメンツ。彼等の『ソーリー・マー、フォーゴット・トゥ・テイク・アウト・ザ・トラッシュ』(‘81)には、デビュー盤に必要な全てが詰まっている。「母ちゃん、ゴミ出し忘れたぜ」とタイトルからして完璧。その後、彼等の作品は質を落とすことなくマイルドなタッチへと変化していくが、この生々しい粗めの音塊に嘘はない。余計なイントロ抜きの曲が、身体の内側をすぐに熱くしてくれる。
【 Customer / The Replacements 】
寅間心閑
■ 斉藤由貴のCD ■
■ ヴァン・モリソンのCD ■
■ ザ・リプレイスメンツのCD ■
■ 金魚屋の本 ■