一.トム・ジョーンズ
コロナ、という単語には慣れた。慣れた、という言い方は危険。誤解を招く。ドキッとしなくなった、という感じ。コロナか、気をつけないとなあ、と案外フラットに受け止められる。でも「ウィズ」が付くと急激に滅入る。ウィズ・コロナ。憂鬱だ。様々な変化を強制されることへの嫌悪、憂慮、ああ面倒くさ等々。環境適応能力が低いのかも。もしそうなら年齢ではなく性格のせい。気付けば小さな頃からこんな感じ。
以前も御紹介した十条の老舗酒場、創業九十余年の「S」に久々来店。変形机の隅に席を取り、大瓶頼んで肴を選ぶ。此方は安くて粋な逸品が沢山。いつも迷う。酒肴選択能力も低いのかも。こういう時は「サービス」と書き添えてある品にすれば間違いない。くらげ刺身、歯応えコリコリで旨い。ふと入口を見ると扉は開け放し。風が強いから暖簾が激しく揺れている。換気、大事っす。そういえば目の前にはアクリル板。飛沫、ヤバいっす。風情ある店内に、しっかりとコロナ対策。頭では「おいおい」とツッコミを入れているが、体感としてはそんなに悪くない。もしかしたら心地よい喧騒のおかげかも、と思いつつ御目当ての酒、にごりソーダを頂く。これが旨い。丁度良いバランス。コロナ対策のおかげで適度な喧騒がキープされているなら、それも良いバランス。時代に適応しなきゃ百年近くも続かないよな、とにごりソーダをお代わり。百年って真新しい一日の積み重ねなのか、とくらげをコリコリ。向こうの客人、ずいぶん激しく頭を振っている。大丈夫かと盗み見ると何のことはない。視界の先のアクリル板が、風でグラグラ揺れていた。
リアルタイムで聴いたトム・ジョーンズは「恋はメキ・メキ」(‘94)だった。それ以前から二分間の名曲「よくあることさ」(‘65)が大好きだった。もっと言えば母親や伯母も彼を好きだったらしい。遺伝なら仕方ない。あの迫力と濃密さが同居した声は、時代にちゃんと適応してきた。キャリア五十五年、御年八十歳、まだまだ現役。今も時代に逆らうことなく、自分の歌声を存分に響かせている。ちなみに「恋はメキ・メキ」日本盤のカップリングはプリンスの「KISS」のカバー。
【 Elvis Presley Blues / Tom Jones 】
二.フリクション
個人的に赤羽で一番好きな立飲み「K」にも久々来店。数少ない一目惚れの店。何故惚れたかと訊かれれば、柄としか言いようがない。人柄、ではないので店柄かしらん。必要以上に明るい店内や、格安の酒と肴は衣服。それを着こなすのは人、即ち店員と客。此方は本当に人がいい。別に交流を持つ訳ではない。その中に混ぜてもらうのがただただ快適。それだけ。酒呑んでるなあ、と噛み締められる。きっとコロナ対策はしていたと思う。でも全く気付かなかった。前と何も変わってない感じ。いつもと同じく滞在時間は十分ほど。オーダーはチューハイとニラ玉。「ニラ玉少なかったからまけとくね」。サンキュー、おばちゃん。300円で済んじゃった。コロナ対策に気付かなかったのは、きっとそんなラッキーのせい。
金属、硬質、クール、そしてクレイジー。これがフリクションのイメージ。坂本龍一共同プロデュースのデビュー盤、通称『軋轢』(’80)を聴いた時から今までそれは変わらない。耳からしっかりと日本語の歌詞が聴こえているのに、体感としては洋楽みたいに響いていた。2006年、十年振りに復活したフリクションは二人体制のバンドとなる。ベースはオリジナルメンバーのレック、ドラムは元ブランキー・ジェット・シティの中村達也。確かに凄いコンビだけど二人きりで大丈夫なのか? そんな不安は音に触れた瞬間、遠くまで吹っ飛んだ。変わったはずなのに、前と何も変わっていなかった。ずっとこうだったような気さえした。あれから十数年。フリクションは今も二人のまま。
【 Zone Tripper / Friction 】
三.ヒートウェイヴ
コロナとは関係ないが、ここ最近は個人的に色々変化があった。環境適応能力の低さゆえ、あまり味わいたくないような不安を丸呑みする夜もあった。なるべく味がしないよう、噛まずに丸呑み。息苦しいのは我慢。つい先日、そんな諸々が一部分だけ良い方向で解決した。じゃあ祝杯、となる。我ながら震えるほど自分に甘い。偶然、近くに行きたい店もある。以前、御紹介した新宿二丁目の居酒屋「Y」、実はあの後閉店していた。店名を冠した200円の酎ハイはジャンル的に焼酎ハイボール。値段はさておき個人的に三本の指に入る味。もう呑めないのかと落胆してから一年以上経ったある日、少し離れた場所でオープンしたという情報が。但しなかなか行くチャンスもなく、そのうちコロナが起きてありゃりゃと思っていたら、祝杯を挙げたい日にこんな近くにいるなんて! 徒歩七、八分、お安い御用です。場所は普通のマンションの中。受付の前を素通りしてキョロキョロしていると……あった。早速入店、先客はゼロ。御主人に頭を下げてカウンターへ。前の店と違ってずいぶん明るく、互いの顔もよく見える。念願の酎ハイを飲む度、溜まっていた不安が溶けながら落ちていく。肴はニラおひたし。気持ちと同時に口まで軽くなり、気付けば御主人に話しかけていた。「ちょっと痩せました?」「あ、分かります?」。そこからは酎ハイを重ねつつ、よもやま話から軽い身の上話まで。この酎ハイを祝杯にして本当に良かった、としみじみしていると団体客が来店。今日はここまでにしよう、と無理なく思えた。また近いうちに、と店を出てまだ明るい新宿の街を歩く。自然と口ずさんでいたのは、ヒートウェイヴの「トーキョーシティー・ヒエラルキー」。長年連れ添ってきた大切な一曲。収録されているのは『TOKYO CITY MAN』(’97)。横尾忠則のジャケットも鮮烈な名盤だ。本当によく聴いた。CDなのに聴き過ぎて擦り切れちまった。歌詞のとおり、「ムンクの手の中にある」東京は、「醜いけれど何故か美しい」。さあ、明日も気合い入れて頑張ります。押忍。
【 トーキョーシティー・ヒエラルキー / HEATWAVE 】
寅間心閑
■ トム・ジョーンズのCD ■
■ フリクションのCD ■
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