一.ロバート・グラスパー
コロナに慣れた人/慣れない人、従う人/従わない人、泣く人/泣かない人。色々なラインの引き方がある。このラインならこっち側だけど、こう引かれたらあっち側。自分は動いていないのに、知らず知らずのうちに属性が変わったり。そんな仕組みを悪用する人/しない人、どっちもいます。令和になっても人間だもの。誰もが等しくてんやわんや。どの感覚が正しいとか間違いだとか、永遠に時間が潰せる本当に厄介なお題。一日一時間まで、と決めておかないと癖になるかも。
酒の為だけの遠出は控えて数ケ月。気を抜いていると身体は鈍るし重くなる。呑み歩きって案外良い運動らしい。酒はそこそこ呑んでいるのに、やはり禁断症状が出る。酒、ではなく店に対して。挙句、夢を見たりもする。ふと思い浮かんだのは、あの人のあの小説のあの書き出し。イントロだけサンプリング、こっそりとバレないように。
こんな夢を見た。
創業百三十余年の老舗の蕎麦屋、神田「M」で焼鳥を食べている。呑んでいるのは熱燗だが、大抵これなので季節は分からない――。
夢だと都合だけは良くなるから店も混んでない。此方は相席上等だけれど、夢の中では卓を一人占め。無粋だと知りつつ徳利を並べちゃう。更級、薮、砂場。都内に老舗の蕎麦屋は数あれど、個人的に落ち着くのは此方……の吉祥寺店の方だったりする。風情は薄めだけど腰を据えて呑めるもんで。さて、夢の続きはどうしよう。本音を言えば焼のりでも貰って長っ尻したいけど、やはりもりそば頼んで切り上げましょう。せめて夢の中くらい、粋な振りをしとかなきゃ。
蕎麦屋でジャズを連想するなんて、令和ではアウトかも。でもロバート・グラスパーだから勘弁してほしい。新しいジャズの中心人物、なんてまどろっこしい言葉が浮かんだけど、きっと間違っていない。最初に聴いたのはグラミー賞受賞作『ブラック・レディオ』(’12)。正直言えば少々戸惑った。理由は簡単。ストレートなジャズを想像していたから。でも聴こえてきた音にはロックやヒップホップがたっぷり詰まっていた。続く『ブラック・レディオ2』(’13)も同じく。しばらく放っておいたが、この自粛期間で一気に距離が縮まった。いいじゃん、と腑に落ちた。元々ジャズってヒップなはずだよね、という感じ。そういえば受賞したのもグラミー賞の「最優秀R&Bアルバム部門」。納得。
【 I Stand Alone / Robert Glasper Experiment 】
二.萩原健一
こんな夢を見た。
田端の立飲スタンド「S」でおでんを食べている。呑んでいるものを確認する必要はない。此方に寄るのは大抵冬。間違いなく熱燗だ――。
渋い造りに大きなカウンター、そして黒板にチョークで書かれたメニュー。個人的な感覚だが、此方は外観、内観、人々、全てが煮染まっている。もちろん最上級の賛辞。とても好きな店。冬場にフラっと入り、離れたところにポツンと立って、テレビを眺めながら熱燗とおでん。一品90円、三品250円。そっと密かにうらぶれちゃう。早めに熱燗もう一本。静かな店だけど、頭の中には音楽が鳴っている。色気があって微かにいなたい昭和のロック、できれば二枚目がいい。ああ、あの人がいるじゃないか――。
初めてショーケン、萩原健一の歌を聴いたのはテンプターズ時代の「神様お願い」(’68)。きっかけはTDKのコマーシャルで流れていた桑田佳祐(KUWATA BAND)版。ソロ作品に触れるのはもう少し後になってから。実を言えばまだ聴いていないアルバムも数枚あるが、これは後々のお楽しみ。まあ何度見ても聴いても、とにかく色気がある。他人が真似れば滑稽になるクセの強い仕草やシャウトも、真似したくなるほど格好いい。そして何より匂い立つクレイジー。映像で見ればすぐ分かる。今にも制御不能に陥りそうな一瞬の目つきが堪らない。
【どうしようもないよ / 萩原健一】
三.ザ・シティ
あまりに生々しい夢ばかり見たものだから、良い店に行きたくて仕方ない。酒が呑みたいのとは少し違う。いや、結局行けば呑んじゃうんだけど、まあそれはそれで……。嗚呼、これがウズウズするってヤツかしらん。
そんな折、ちょうど中野までの用事が出来た。よし、と前日から落ち着かない。夢なんて見てる場合じゃない。どこ行こうかな、何呑もうかな、と考えているうちに朝。驚くほど浅い眠り。欠伸を噛み殺しながら用事を済ませて立ち寄ったのは、中野と高円寺の間に位置する角打ち「N」。此方は私が知る限り都内大瓶最安店。大抵肴はナシ。店の外で風に吹かれてちびちび呑む。近所の常連さんたちの会話をBGMにもう一本いただくこともある。さあ、今日はどうしようかな……と覗く前から声がする。もしかしたら、という予感は的中。外の椅子も机も満員御礼。常連さん同士で何かイベントでもあった様子。角打ちなのに三密じゃあ仕方ない。ここは堪えてUターン。昨日の寝不足が恨めしい。
足取り重い帰り道、頭に流れるのはザ・シティの『夢語り』(’68)。キャロル・キングが本格的なソロデビュー前に組んでいたトリオバンド、ザ・シティの唯一のアルバム。デビュー前といっても、散発的なレコーディングは経験済みだし、なにしろソングライターとしてヒット曲もあった。つまり才能は折り紙つき。三年後にリリースする永遠の名盤『つづれおり』(’71)と較べると地味かもしれないが、その地味さ、そして素朴さがとても良い味を出している。こういう少しがっかりした時に、自然と浮かぶのは派手すぎない音色のせいかも。
きっと今夜は、あんな夢を見れるはず。
【 Paradise Alley / The City 】
寅間心閑
■ ロバート・グラスパーのCD ■
■ 萩原健一のCD ■
■ ザ・シティのCD ■
■ 金魚屋の本 ■