一.ジェーン・バーキン
敵が来た。我々人類の、と言っても大袈裟に聞こえないくらい手強いヤツ。しかも目に見えない。まるで未知との遭遇。本当、ウイルスって厄介だ。外出自粛、学校休校、イベント中止。いつ終わるかどころか、何が終わりかさえ不明。そして不安の矛先は買い占め。マスク、トイレットペーパー、消毒液。本当、人間って野蛮だ。
酒を呑みに行くなんて、基本的に不要不急。でも、まあ、うん、ほら。小銭じゃ経済もなかなか回らんだろうけど、なけなしのマスクで顔隠してコソコソ外出。本当、呑兵衛って酔狂だ。
北千住の駅近く、実力派の呑み屋が並ぶ通りにクラフトビール専門店「B」はある。「1200種以上を常備」も納得の品揃え。個性豊かな瓶に缶。カタログ状態にとにかく迷う。幸せな逡巡。ドラフトも10種ほどありカウンターで立飲み可能。樽詰めの魅力にも惹かれつつ逡巡していると、同好の士の会話が聞こえる。「今日どうします? 呑んでいきます?」。そう、瓶や缶も200円払えばカウンターで呑める。美味しい肴もある。「いやあ、さすがにやめとく。テイクアウトで」。
マスクをした二人の会話を聞きながら、やっと一本選びテイクアウトでお会計。ウイルス対策でも200円節約でもない。この後、一軒寄る店があるだけ。ちなみにチョイスしたのは珈琲味のビールfromアメリカ。両方の苦味がクセになる。こういう遭遇がたまらない。
様々なアーティストの楽曲が詰まったアルバム、所謂「コンピ盤」。インターネット発達前も後も頼りになる音のカタログだ。知らない音楽に出会うのは本当に楽しい。またコンピ盤がシリーズ化するパターンもある。そうなると後はズルズル。無論良い意味で。
四半世紀前にスタートした『フリー・ソウル』シリーズ、二十年前にスタートした『カフェ・アプレミディ』シリーズは、そんなズルズルの快楽をたっぷり教えてくれた。ざっくり言えば前者はグルーヴィー、後者はほっこり。両者に共通するのは、並べ方や照らし方を企むことによる、既存の楽曲群の再発見/再構築。両シリーズのおかげで出逢えた楽曲の多さ/豊かさは、確実にその後の音楽との接し方を変化/進化させてくれた。具体的には各種ジャズ、フレンチ、ソフト・ロック。正に未知との遭遇。
まさか大女優、ジェーン・バーキンの楽曲を聴き返し、新譜が出ればチェックして、その内容に刺激を受けるとは予想もしなかった。彼女が還暦直前にリリースした『フィクションズ』(’06)はカヴァー曲のセレクトが興味深い一枚。個人的には敬愛するポップ職人、ニール・ハノンの楽曲が感慨深い。本当、遭遇してよかった。全ての始まりは『カフェ・アプレミディ』で耳にした「Yesterday Yes A Day」(邦題:哀しみの影)から。
【Yesterday yes a day / Jane Birkin】
二.安藤昇
コンピ盤『幻の名盤解放歌集』シリーズに触れたのは学生の頃。昭和の珍妙な楽曲群を面白く、という第一印象。笑いのツボも耳のツボも一緒に押される快感が忘れられず、数年後ボックスセット購入に至る。母体となる「幻の名盤解放同盟」の「すべての音盤はターンテーブル上で平等に再生表現される権利を持つ」というスローガンは、基本姿勢として今も耳にばっちり叩き込まれている。おかげで心が晴れない時に聴きたくなる楽曲と沢山出逢えたが、人物をあげるなら安藤昇だろうか。元ヤクザの俳優、というイメージが強いが歌手としても素晴らしい。勝新太郎「座頭市子守唄」(’68)や藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」(’70)の作曲家・曽根幸明と阿久悠の詞による名曲「男が死んで行く時に」(’71)を筆頭に、唐十郎の詞が冴える「黒犬」(’76)、宇崎竜童・阿木燿子夫妻による「港祭り」(’77)等、唯一無二の楽曲が遺されている。
ここ数日思うことは、少なくとも好みの店は通常運行が多い。逆に皆様コロナを肴に元気よく呑んでおられる。柴崎の名店「H」もそんな調子。往年の菅原文太口調の中年男性はコロナに威勢よく悪態をつき、肴がつっかえて噎せる隣の老紳士に「お、コロナじゃろ? だったらアルコール消毒よ!」とキツめのアドバイス。200円のチューハイは嬉しい濃いめで、100円のマカロニサラダはマヨネーズがキツめ。世間のウイルス騒ぎが嘘のようにいつも通りの時間が流れていく。
【男が死んで行く時に / 安藤昇】
三.トニー・バロウズ
コロナ予防には、ヒトとヒトの距離を取ることが大事だという。なるほどなるほど。だったらと浮かんだのは下高井戸の定食屋「S」。此方はとにかく広い。「店内は広いので休憩に御利用下さい」と看板に記してあるほど広い。感覚としては二店舗分。何を呑んで食べるかより、まず店に入って広さを確かめることが大事。訪れたのは約一年ぶり。相変わらず広い店内に客は……いた。座敷席の炬燵に入ってテレビを見ている先客一名。まずは大瓶とサービスの枝豆を頂きながら、隣のフロアのテレビの音を聞く。ベテラン店主夫婦が見入っているのはクイズ番組。東大中退の文化人が簡単な問題でポカした瞬間、「ああああ!」と奥様の声が広い店内に響き渡った。ここもまた通常運行。
前述のように興味を持ったソフト・ロックを聴き始める際、とても重宝したのが『バブルガム・クラシック』シリーズ。時に優しく、時に明るい旋律から「お子様向け」「使い捨て」と揶揄されがちだが、そのキラキラした感じが素晴らしい。中でも一番の収穫は、セッション・ヴォーカリストのトニー・バロウズ。彼は渡り鳥のように様々なグループで歌い、曲をヒットさせた。トップ10内に四つの別名義で四曲送り込みギネスに載った経験もある。但し自分名義だとなかなかヒットしない。その辺りも含めて素晴らしい。個人的には彼名義の「Every Little Move She Makes」(邦題:私のアイドル)の甘ったるさにグッとくる。
【Every Little Move She Makes / Tony Burrows】
寅間心閑
■ ジェーン・バーキンのCD ■
■ 『幻の名盤解放歌集』シリーズのCD ■
■ トニー・バロウズのCD ■
■ 金魚屋の本 ■