一.ノイ!
ダラっとしたい日がある。別に体調が悪い訳でも、昨晩呑み過ぎた訳でも、何かを諦めた訳でもない。ちゃんとしろ、と脅されたら従えるけど、自ら力を入れる気にならない。そんな日。あるよね、人間だもの。
厄介なのはそれなのに呑みたくなること。「仕方ないな」と独りごち、部屋着のちょっと上くらいの服で外に出る。こういう時の店選びは案外難しい。妙に気を遣わず/遣われず、自分のペースで呑んで、いつでもすぐに帰れるところ。程よい距離感、と言い直せなくもないけれど。
昨年オープンした立ち飲み屋、高円寺「D」はそんな一軒。一分10円の飲み放題が売りだけど、最短一時間/ラストオーダーは三十分前。まあ、三十分あれば無問題。 ダラっとしたい日に嬉しいのは完全セルフなところ。スマホでQRコードを読み、その画面から注文。ドリンク作成もグラス返却も全部自分で。何から呑もうが、いつやめようが自由。ちなみに各種駄菓子は一種類ずつ食べ放題。大抵忙しなくカウンターとドリンクサーバーを往復している。本当、家呑みライクな日常感が素晴らしい。
ドイツのロックバンド、ノイ!のデビュー盤『ノイ!』(‘72)は語りたくなる一枚だ。歴史的意義、後進への影響、普遍性云々。実際に沢山の人が論じている。でも最初はピンとこなかった。後進たちの音を聴いているから、物足りなく聴こえがち。でも数年前から少しずついい。無限に続きそうな軽めの反復ビートは乗り降り自由。ワンコードだから継ぎ目も探しにくい。ダラっとしたい時に、よく小さな音で流している。名曲の誉れ高いのは一曲目の「Hallogallo」だが、実はセカンドアルバム『ノイ!2』(‘73)の目玉も一曲目。論じたい人には内緒だけど、個人的にはどっちがどっちでも構わない。どちらのビートも
似ているどころか地続きに思える。
【NEU! / Hallogallo】
二.ジョン・ゾーン
アメリカのサックス奏者、ジョン・ゾーンのイメージはフリー・ジャズとハードコアの人。付け加えるなら親日家で非常に多作。最初に聴いたのはジョン名義のファースト『ネイキッド・シティ』(90)。きっかけはゲスト参加の山塚アイ(ボアダムズ)。期待を裏切らない、ハードコアの異様なスピード/粗い音色を用いた極端な楽曲(一分未満の曲も数曲)と、所謂ジャズ的に響く楽曲の配置が絶妙。脈絡が無いようで有る、のではなく、無いことが良いのかも。そしてこれもまた論じられがちな音楽だ。そういう人には内緒だけど、個人的にはダラっと斜め聴きすることの方が多い。真っ向から組み合うなら、ハードコア色の強いネイキッド・シティ名義の二枚目『拷問天国』(90)。大半の曲が一分未満、全42曲二十六分の音塊。
低価格ラーメンのチェーン店「H」の系列には、その名も「大衆酒場」と掲げる店舗がある。つい先日池袋で見かけたのでフラリと。席に座ると目の前には黒い筒状の何か。外国人の店員のオネエサンに「分カリマスカ?」と尋ねられ、正直に首を振ると実演してくれた。その正体はタッチペン。これでメニューの料理名と数量をタッチしてオーダー完了。上手くいけばタッチペンが喋って教えてくれる。おお、近未来。時間は昼前。酎ハイ代わりのウォッカソーダ割りを呑みながら、店内の様子を伺うと還暦過ぎの先輩方が多い。見れば皆さんタッチペンを使いこなしている。誰も気にしないし誰にも気にされない心地よさは、若い外国人店員/タッチペン/先輩方、という脈絡の無さと、ラーメン店ならではの席の並びの相乗効果。思わず背もたれに体重を預けダラっとしてしまう。
【The James Bond Theme / John Zorn】
三.浜口庫之助
西永福駅から十五分ほど歩いた場所にある和田掘公園。野球場、テニスコート、ヘリポートにもなる陸上競技場等の施設と共に、園内には釣り掘と食堂が一緒になっている「M」がある。何とも言えないレトロな外観に思わず和み、釣り堀もよく見えるDIY度の高いビニールハウス風食堂に肩の力が抜けていく。注文する前からもうダラッと。これはもう仕方ない。釣りに来た家族連れや、小学生だけのグループもいる店内は、アットホームでどこかレトロ。名物のオムライスを肴にビールを呑めば、昔々、父親と釣りをした記憶が蘇る。思えば遠くへ来たもんだ。ああ、更にまたダラッとしてしまう。
浜口庫之助、通称ハマクラは親世代に活躍した作曲家という印象。母親は学生時代、「御三家」の西郷輝彦推しだったという。映画館でスクリーンに向かって黄色い歓声を送っていたらしいので、ハマクラ作詞・作曲の「星のフラメンコ」(’66)を耳タコの勢いで愛聴していたはずだ。個人的には、リアルタイムで体験したハマクラ作の大ヒット曲は島倉千代子の「人生いろいろ」(’87)くらい。ただ気付けば好きな曲にはハマクラ作品が多かった。
坂本九を筆頭に様々な歌手に歌われた「涙くんさよなら」(’65)。田代美代子・和田弘とマヒナスターズの「愛して愛して愛しちゃったのよ」(’65)に石原裕次郎の「夜霧よ今夜も有難う」(’67)と「粋な別れ」(’67)。あと忘れちゃいけない名作、水原弘の「へんな女」(’70)等々。彼は作曲家になる前、三年連続で紅白歌合戦にラテン・バンド「浜口庫之助とアフロ・クバーノ」として出場したミュージシャン。自作のヒット曲を自分自身で歌ったアルバムもある。彼の歌声はフワッと軽く、そしてとてもリズミカル。力の抜け方が抜群に格好いい。聴いているうちに、自然と肩の力も抜ける。そう、ダラッとね。
【愛して愛して愛しちゃったのよ/ 浜口庫之助】
寅間心閑
■ NEU! のCD ■
■ John Zorn のCD ■
■ 浜口庫之助のCD ■
■ 金魚屋の本 ■