一.ローリング・ストーンズ
呑み屋に付き物、とまでいかなくても珍しくないのが喧騒。絡まれると面倒だけど基本的に嫌いじゃない。綺麗なのは店全体を覆っているタイプ。今はなき渋谷「富士屋本店」や神田「大越」の様な大箱だと遭遇しやすい。友達同士、先輩後輩、恋人、夫婦に元夫婦。意外と多い初対面。当然練習ナシ/本番一発のナマモノ。だから予測不能。だから時々暴発。だから面白い。
業平橋駅改めとうきょうスカイツリー駅のそば、塔のふもとに食堂「K」はある。深夜二時半に開いて正午に閉店。その後夕方二時間程開ける、というレアな時間設定。そしてそれが納得出来てしまうラフな店構え。さすが創業七十余年の老舗。此方は価格の設定もレア。例えばカレーライス300円、カレールー400円、ハムエッグ600円。手間のかかるものは高いらしい。
大抵伺うのは正午前。つい先週もそれくらいにふらりと。大抵やり取りは同じ。「カレーお願いします」「大盛り?」「普通で」「辛くする?」「普通で」。大抵雑多な店内を眺めてカレーを待つけれど、この日は左のテーブルにアラ還と思しき諸先輩方。たしかレアな営業時間の理由は近所にタクシー会社があるからだった。ということは皆様常連かつ同僚のドライバーだろうか。
本日のトピックは「胃カメラをどっちから入れたか」。検診に行った一人に次々と質問が投げかけられる。アウト気味の話題だけど、リズムがいいので無問題。目の前にカレーが来ても聞いていられる。
そのうち遅れて一人御来店。おう、と挨拶するやいなや「聞いたか?」と尋ねられている。「何を?」「◯◯さん、余命一ヶ月だって」「へえ、本当に?」「人が大変な時に笑ってんじゃないよ」「こういう顔なの」。
まるで寅次郎とタコ社長。そのまま真空パックしたい、と思ったけれど毎度同じ流れの予感もアリ。いつものワチャワチャ、永遠のルーティン。ならば尚更素晴らしい。ちなみに此方のカレーは想定外にスパイシー。辛口にしなくても汗が滲む。
ストーンズが出るぞ、とオバケみたいに教えてもらったのは数年前。本当かなあ、と半信半疑だったがちゃんと出た。それが『ブルー&ロンサム』(’16)。当時ミックもキーズも73歳。チャーリーに至っては75歳。果たして、と思ったがブルースのカヴァー集と聞いて杞憂は期待へ裏返る。しかもレコーディングは三日間。もうこの時点で耳はスタンバイ完了。欲しいのは新機軸に非ず。また「深み」や「円熟味」でもない。好きな音楽をワチャワチャ奏でる姿を聴きたい。四十年前の名盤『ラヴ・ユー・ライヴ』(’77)C面の、ブルース・カヴァー四連発に較べれば無論落ち着いているものの、期待を全く裏切らない。というか身も蓋もないことを言えば、元々原曲が溌剌としている。ブルースが渋い、ってアレ、本当かしらん。
【Hate To See You Go / The Rolling Stones】
二.ジャクソン5
喧騒はベテランの専売特許に非ず。森下の立飲み「R」は特殊二毛作店。昼は活版印刷所(!)。さぞむさ苦しい、何だか剥き出しの感じを想像していたが、外から覗ける店内は殊の外シャレている。場所間違えたかな、とキョロキョロするレベル。数度確認して店内へ。奥に活版印刷機が置かれてはいるが、それも含めてとってもモダーン。BGMはLP。ちらりと確認。名前も知らないブルースマンの音色はやんちゃくれ。ブルースが渋いなんてアレ、本当かしらん。カウンターの向こう側で調理するマスター。レコードを変える時と同じ丁寧さに感心しつつ喧騒を吟味。位置の都合上、全ての客席に背を向けているので頼りは音のみ。これまた意外に子供連れが数組。きゃっきゃとした歓声がシャレた店内にフィット。推定五歳のギャルに母親の友達から質問が飛ぶ。「ねえ、私、◯◯ちゃんのお姉ちゃんになっていい?」「えっと、ダメかも」「ええ、何でえ?」「歳が少?しだけダメかも」。少?しだけ、とはお優しい。お嬢様、呑兵衛の相手は大変ですな。
アレコレ無くても子は育つ。それはめでたい事だけど、子ども特有の何かは失われてしまう。例えば声。キッズ・ソウルの最高峰&金字塔はやはりジャクソン5。あの時期のマイケルが一番好み。もちろん楽曲も最高。デビュー以来四曲連続全米チャート一位も納得の名曲ラッシュ。中でも頭一つ抜けているのはデビュー曲「I Want You Back」(’69)。日本のキッズグループの「金字塔」フィンガー5と、「最高峰」フォルダーもカヴァーしている大名曲。天才マイケルの「その瞬間」を真空パックした録音・録画技術に感謝。
【I Want You Back / The Jackson 5】
三.シーナ&ザ・ロケッツ
成増の角打ち「Y」は創業九十余年の老舗だが、外観及び店内はコンビニそのもの。品揃えとスタンドテーブルの配置など角打ちに特化していて有難い。先日正午前に立ち寄ると、アラ還の男女混合グループが酒盛り中。部屋着っぽいメンツが常連感を出す。パチンコ屋から合流する強者もいて、先輩エンジョイしてるなあと中瓶を飲み干そうとした瞬間、「女房死んでからオンナ欲しくて仕方ねえよ」の声。喧騒が一瞬止む。その静寂をかき消すように男はデタラメな歌を口ずさんだ。「出ない、勃たない、金がない?」。グッと飲み干し、中瓶追加。想定外のおかわりを。
福岡生まれのクイーン・オブ・ロックンロール・ハート、シーナが亡くなってそろそろ五年。遺された鮎川誠は七十歳を越した今も精力的に活動中、シーナ&ザ・ロケッツも継続しながら昨年には友部正人(!)、三宅伸治と「3KINGS」というユニットも結成した。現役に拘る彼のルックスは勿論、濃いめの久留米弁が本当にクール。曰く「ロックはタイムレス」。御意。最近朝ドラでも流れていた「ユー・メイ・ドリーム」収録の二枚目『真空パック』(’79)は、細野晴臣プロデュースのテクノ風味なアルバム。バンド本来のゴリゴリな音色に、たっぷりキラキラがまぶされている。
【You May Dream / Sheena & The Rokkets】
寅間心閑
■ ローリング・ストーンズのCD ■
■ ジャクソン5のCD ■
■ シーナ&ザ・ロケッツのCD ■
■ 金魚屋の本 ■