一.寺尾聰
大井町で呑む時は毎回迷った後だ。何故って二駅隣りには蒲田がある。どちらも繁華で店数多く、しかもバリエーション豊か。本当にいつも迷う。無論両方行けば済む話。実際何度か経験あり。でも最近は体力を考慮して御無沙汰。多分今やったら志半ばで倒れちゃう。
先日も迷った挙句、大井町。さあ、目指すは駅東口に広がる大井町横丁。闇市のムードを残す路地には五十以上の飲食店。いつもスタートはこの界隈から。
店数は多いが、どこから始めようかと悩むことはない。それは決まっている。肉屋が営む立飲み「M」は創業七十年の老舗。そのラフでフリーな雰囲気は居心地最高。数年前まではお子様が色々運んでくれていたような……。カオス、と評する向きも多いが、きっとそれは褒め言葉。それが証拠にいつも盛況。きっと今日も、と覚悟を決めて足を踏み入れると……あれ? 人影まばら。お休みかな、と頓珍漢な推理まで。考えるにきっと原因は雨。少し前まで傘が壊れる程の豪風雨だった。それで皆様、出足が鈍っているのでは。こりゃまた嬉しい誤算。のんびりやりましょう。酒はレモンワリ\250。肴がいつも迷っちゃう。ショーケースの左側の揚げ物(コロッケ80円~)か、右の逸品(鳥ササミ刺し250円等)か。悩んだ結果、メンチカツ140円をオーダー。串を箸代わりにカオス、もといフリーな雰囲気を満喫していると、老紳士が常連さんの輪に入る。額には大きめのガーゼが。初対面でも気にかかる風貌だが、誰一人尋ねない。「雨やんだねえ」「大変大変」と普通の会話。年中この姿なのかと疑いたくなるほど気持ちよくスルー。やっぱり此方は間違いなくフリー。
趣味ではないが時折LPを買う。欲しいから買う、では抑えが効かないのでルールを決めている。聴いたことアリ/ジャケットが好み/ワンコイン……当然百円硬貨の方。となると場所は限られる。レコード屋ではなかなか難しく、古本市の片隅辺りがベスト。
ある世代より上の人々にとって、俳優・寺尾聰の歌唱・演奏シーンは馴染み深い。曲はもちろん「ルビーの指環」(’81)。あの音楽番組「ザ・ベストテン」で十二週連続一位(!)の紛れもない大ヒット曲だ。俳優さんなのに歌うんですね、という話に非ず。特筆すべきは、彼の作曲能力。「ルビーの指環」も彼の作品。当時リリースされたアルバム『リフレクションズ』(’81)は160万枚(!)の大ヒット作。聴いてはいたが「とりあえずチェック」の範疇で何も引っかからなかった。ただここ数年、日本の所謂「シティ・ポップス」を聴き漁る中、個人的に興味深い一枚となってきた。嬉しい誤算。そうなると「坊主憎けりゃ」の逆パターン。ジャケットまでよく見えてきて、数ヶ月前LP購入。近所の商店街の期間限定古書店でワンコイン。シングル三曲を含む全十曲、全て(!)寺尾本人の作曲。一曲目の「HABANA EXPRESS」からその質の高さに昇天間違いなし。
【HABANA EXPRESS / 寺尾聰】
二.ジェシ・エド・デイヴィス
新橋駅前ビルの魅力は、屋内にひしめく店や人々の活気とそれが滞留しない解放感にある。フロアの広さもさることながら、一号館、二号館と建物が並んでいるのもいい。気分転換に行ったり来たり。必ず立ち寄りたいのは一号館の立飲み「K」。豊富な日本酒はツーコイン~、粋な肴はワンコイン~。明るく上品な店内は常時盛況。外の机もぐるりと満席。数日前もそうだった。じゃあ二号館かなあ、と迷いながらエスカレーターで地階へ。ふらふら歩くとそこには新しい立飲み屋。店名を確認して思わず「おお」と声が出る。「K」の系列店がオープンしたのを忘れていた。不意打ちの嬉しい誤算。「和酒パブ」と冠された店内は一階よりも広くてラフ。価格が変わらないのが有り難い。
学生の頃はなかなか出来なかった「ジャケ買い」。今も余程興が乗らないと実行はしない。学生の頃、気になるジャケットを発見。ジェシ・エド・デイヴィスのデビュー盤、邦題は潔く『ジェシ・デイヴィスの世界』(’70)。生粋のインディアン、という彼のルーツを感じさせるアートワークは父親の手によるものらしい。但し即購入とはいかない。国内盤より割安な輸入盤、または中古盤を探しに何軒か巡らなければ。でも、物事はそううまく運ばない。結局見つかったのは二枚目の『ウルル』(’72)の中古盤。本来なら日を改めるのが合理的。でもああいう時って、耳が新しい音を聴く態勢でスタンバイしちゃってる。もう我慢できない。結局購入し、その結果ニヤリとしてしまった。彼がアメリカ南部の泥臭い白人ロック、「スワンプ・ロック」に括られていた事すら知らなかったが、その豊かな旋律、そして微かに引き摺る無骨な声にガツンとやられた。特に表題曲の美しさたるや。後々本来の目的だったデビュー盤を聴き、あれが嬉しい誤算だったと再確認。
【Ululu / Jesse ‘Ed’ Davis】
三.オーティス・レディング
似たような思い出がオーティス・レディングでもある。中古屋で目をつけていた三枚組ベスト盤が、いざ買いに行くと売れていた。貧困の残酷さに喘ぎながら、我が耳を慰める一枚を探しているとライヴ盤『ヨーロッパのオーティス・レディング』(67’)を発見。状態不良のせいか安かった。でもライヴ盤だし、と躊躇しつつも購入。これが凄かった。所属レーベル、スタックス/ヴォルトのフェス的合同ライヴの大トリを務めたステージなので一曲目から大熱狂。しかもバックはブッカーT&MGズ。あっという間に全十曲が駆け抜ける。
人は年齢を重ねた分、悲しい瞬間も増えていく。酒関連でいえば、久々に訪れた店が畳んでいた時。なかなかあれは虚しい。つい数ヶ月前にもあった。人形町の立飲み「魚平」はツーコインの刺身が豊富な良店……だった。閉店の張り紙を前に思い出したのは、系列店「箱崎町店」の存在。歩くこと数分、首都高の下にあった。そして此方が数分前の悲しみを吹き飛ばすほどの良店。嬉しい誤算。まずは大瓶410円と100円台の刺身で乾杯。活気溢れる大箱は時間の経過を忘れがち。
【Respect / Otis Redding】
寅間心閑
■ 寺尾聰のCD ■
■ ジェシ・エド・デイヴィスのCD ■
■ オーティス・レディングのCD ■
■ 金魚屋の本 ■