一.サイモン&ガーファンクル
明けました。おめでたいのは普段より時間がゆっくり流れること。さあ、ちょっと呑みに行こう。行きたくなるのは普段行きづらい場所。どの駅からも遠い場所。
昼間、何度か見かけて気になっていた店がある。道端にぽつんと置かれた灯篭型看板には「酒、めし」の文字。これはひょっとして、と期待しながら訪れたのは方南町から十分弱。和田堀橋を越してすぐの居酒屋「W」。灯篭もぽっと灯っていい感じ。ひとりです、と告げカウンター。御夫婦が出迎える小ぶりな店内は、程よくだらしない。やおら電話で話し始める若い女、「カレーできんの?」とメニューにないものを食べたがる中年男。うん、この雰囲気、悪くない。
冬は熱燗。熱めで、と頼み肴を決める。この後も数軒行くので軽いモノ、軽いモノ……。あった、ニラのおひたし。こういうのはすぐ出る。作り置きだから、なんてとんだ早とちり。目の前でしっかり作って頂いた。湯掻いて冷やしてギュっとして。ちょこっと醤油をかけて一口、これが旨い。熱燗だっていい感じ。見れば他のメニューも美味しそう。ちっともだらしなくない。こういうギャップが嬉しい。ちょっとしたお年玉。
昨年末からちょくちょく聴いていたのはサイモン&ガーファンクル。双方のソロ作はよく聴くけれど、「&」名義の方は御無沙汰していた。
昔から馴染みはある。父親のテープで聴いていた。当時の印象は「おっかない」。今思えば該当曲は「スカボロー・フェア/詠唱」。あの旋律、アレンジ、歌声。今だっておっかない。知らない世界へ連れて行かれそう。違う言い方をするならサイケ。それもピンク・フロイドのデビュー盤『夜明けの口笛吹き』(’67)的な人力サイケ。アルバムなら例の「スカボロー・フェア」から始まる三枚目『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』(’66)。中盤、健康的なポップスを響かせつつも、最後に演劇性の高い「7時のニュース/きよしこの夜」を持ってくる構成も素晴らしい。フォーク、というイメージとのギャップが堪らない。
【Patterns / Simon & Garfunkel】
二.パブリック・エナミー
京王新線幡ヶ谷駅に直結した商業施設「幡ヶ谷ゴールデンセンター」。地下は昭和を感じさせる飲食街。そこにクラフトビール専門店「G」がある。ギャップ、というか異彩。中が覗きづらいので少々入りづらいかも。相場は1パイント千円前後。オープンは夕方前。そして今はお正月。たまには贅沢、というかお年玉。
コースターにバンクシー、というのが店のムード。無骨な木製テーブルに壁の落書き、愛想のないメニュー。BGMはヒップホップ多め。そう、あの感じ。
クラフトビールには疎いので、此方ではいつも呑みたい味を伝えて教えてもらう。「フルーティーなのを呑みたいです」「これはベルギーで、これはアメリカみたいな」「じゃあベルギーで」。オニイサンの説明はアバウトだけど呑めば納得。呑み終わってドアを開けると、また昭和な地下飲食街。この落差にクラクラくる。
多分最初に聴いたヒップホップはランDMC。エアロスミスとの例の曲がきっかけ。数年後の90年代初頭、デ・ラ・ソウルやスチャダラパーのようなライトなヒップホップは聴いていたが、メッセージ性強めのイカツい武闘派系はノータッチ。所謂聴かず嫌い。正確にいえばちょろっと聴いた一部分が苦手だった。単調で威圧的でマッチョ。ただ敬愛するバンドが出囃子にパブリック・エナミーを使ったことで印象は一転。若さってそんなもの。出囃子使用曲「Rightstarter (Message to a Black Man)」が入っているのは一枚目『YO!BUM ラッシュ・ザ・ショウ』(’87)。その聴きやすさに驚いた。言葉の意味は追えないけれど、ミーターズやJBズ、トラブルファンクをサンプリングした音楽は彩り豊か。肝心のラップ部分も格好良かった。歌ではないけど歌心アリ。
【Rightstarter / Pubilc Enemy】
三.本田美奈子
町中華、という言葉がある。減りつつある昔ながらの個人経営の中華屋。そんな店で呑む回数は案外少ない。無論嫌いではない。むしろ好き。だけど行かない理由はひとつ。すぐ腹一杯になっちまうから。単品メニューも結構ボリューミーだし、かといって毎度餃子では味気ないし。なので食堂呑みに較べて回数が減る。
でもお正月。自分にお年玉、あげましょう。腹一杯を覚悟して町中華の銘店へ。高円寺「S」は創業五十年超の老舗。味わい深い店内が肴、ではない。酒呑みには肴が二品振る舞われる。今日は玉子焼と大根の煮物。本当、嬉しい。絶品のオムライスを頼むと、更にキャベツと中華スープと御新香が付いてくる。ほら、主役が来る前に五皿。これで大瓶一本空けちゃいそう。そして気付けば店内満員。さすが銘店。そこへドンと主役登場。卵トロリの憎いヤツ。ボリューミー。食べ終わると予想どおり腹一杯。そして心も満足。綺麗な白木のカウンターでの三十分弱は、とても贅沢な時間。ワンランク上、なんて無粋な言葉を使ってしまいそう。
昨年末からヒットしているクイーンの映画「ボヘミアン・ラプソディ」。テレビで宣伝を見る度、思い出すのはアイドルだった本田美奈子.のこと。彼女はクイーンのギタリスト、ブライアン・メイの曲「Crazy Nights」(‘87)で英国デビューを果たしている(日本語版の歌詞は秋元康)。勿論ブライアンがギターも弾いていた。
知人の元ミュージシャン曰く、彼女がデビューした頃、テレビから流れる歌を聴いて「これはモノが違う」とその場にいた同業者全員が絶賛したという。本当、抜群に上手い。可憐なルックスとのギャップも魅力的。
ヒット曲を流れ星に喩えたのは、大作曲家・筒美京平だっただろうか。たしかに儚い。大量消費、使い捨て、インスタント。それもまた真なり。でも稀に輝きを残す流れ星がある。そんなミラクルをなるべく多く紹介できれば、と思っております。力戦奮闘、乾坤一擲、酒池肉林。今年も宜しくお願い致します。
【Crazy Nights /本田美奈子】
寅間心閑
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