一.ウィザード
最近じゃあさ、ハロウィーンが来ると年末って感じがするらしいよ。そんな酔客の与太に周囲が突っ込ま……ない。そこはクリスマスじゃねえのかよ、と戦々恐々な心持ちで熱燗お代わり。熱々でね、とお願いしたが出された酒はぬるかった。上野の平日正午前。きっとぬるくて正解だ。
別に酔っ払いたいわけではない。今朝は海苔を買いに来た。無論、通ぶるつもりもない。店を選ぶのは海苔と梅だけ。酒は酔えればそれでいい。いや、酔わない程度でやめないと。人と違って酒に貴賤はない。
アメ横といえば年末の人混み。チョコ売りのお兄さんも普段より声をダミらせてる。賑やかな忙しなさに身を任せてブラブラと。不思議と悪い気はしない。こんな年の瀬ムードにもう少し浸りたいなら、うってつけの店がすぐそこに。御徒町の駅前、ビル九階の大箱「Y食堂」。三百人いけるらしい。数年前に改装したけれど、そこはかとなく昭和レトロ。エスカレーターで上がると、赤い布地に店名がドン。そうそう、これこれ。
でも都内はこういう大箱が減っている。江古田の大衆割烹「お志ど里」も閉まっちゃった。あそこは確か二百席強。隅っこでポツンと呑むのが好きだった。え? 跡地にはコンビニ? まあ仕方ねえなあ。
湿っぽいのは遠慮したいから奮発して刺盛り。此処は和、洋、寿司の三店舗混合。どの席にいても各種頼める。それならと、刺身に追加するのはナポリタン。少々空腹。マリアージュなんて気にせずに食べたい物のみ。こんな大人気ない贅沢も、大箱ならば目立たない。
去年の秋はクリスマスソングばかり聴いていた。ちょっとした時差ボケ。もちろん理由はある。友人の店のクリスマス用BGMを選曲していた。半月ほどクリスマスアルバム漬け。コンピ盤、洋邦問わず沢山ある。そしてクリスマスソングも沢山ある。けれどなかなか古典には敵わない。「赤鼻のトナカイ」「サンタが街にやってくる」「ホワイト・クリスマス」等々、古典のカバーはどれもそれなりに面白かった。
個人的にクリスマスの一枚といえば、名盤『クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター』(‘63)。ブルーハーツ時代のヒロト、マーシー両氏がラジオで勧めていたのがきっかけ。徹頭徹尾キラキラしている素敵な一枚。時に暴力的なハル・ブレインのドラムがたまらない。
そのキラキラをギュッと一曲に詰め込んだ濃縮仕込みがウィザードの名曲。毎日クリスマスだったら、と子どもたちが声を張り上げる。ウィザードは天才ロイ・ウッドがエレクトリック・ライト・オーケストラを脱退した後に結成したバンド。奇抜なメイクのその奥に、美しい旋律が渦巻いている。
【I Wish It Could Be Christmas Everyday / Wizzard】
二.ザ・ポーグス
今や認知度の高いアイリッシュ・パンク、その起源にはポーグスがいる。ヴォーカル、シェイン・マガウアンの若き日のルックスはパンクスの雛形。バンド名も然り。ニップル・エレクターズとかポーグ・マホーン(ゲイル語で「Kiss My Ass」)とか。最高に下らない。これもパンクスの重要な横顔。
そんなシェーンの歌声がハマるのは、ドチンピラな酔いどれチューンだけではない。ラブソングもいける。しかもデュエット。年老いたアイルランド移民夫婦の物語は、彼の声だからこそ奥まで響く。ちなみにこの曲、英国のクリスマス・ソング・ランキングではいつも上位。マライア嬢やワム!と肩を並べている。
呑み屋で痴話喧嘩を見かけないのは、多分店のセレクトのせい。普通の喧嘩はたまに見るけれど。
客同士ではなく店員同士というパターンもある。夫婦経営の小ぶりな店なんて、絶好のシチュエーション。忘れ得ぬ場面がある。都内ではないけれど、今年閉めた銘店なので御勘弁を。
神奈川の市民酒場「みのかん」は素敵な店だった。店、酒、肴は質素な外観。実はそれが豊かな雰囲気/空気を醸している。案外複雑な構造。でも過ごし方はシンプル。クセのある御主人の一声、「いらっしゃあし」に迎えられるとワクワクした。そして炭酸を注げないほど焼酎満タンの酎ハイ。サービスのおでん。湯豆腐、おしんこ。どれも好み。
一度だけ見た諍いは意外と静かな感じ。だったら休めばいいじゃない、と御主人。そういうわけにいかないでしょ、と御婦人。そんなやり取りが数度あって御主人、「休むんだよ」と店の扉を閉めた。客はそのまま。なので出る時は扉の端っこからそっと。人質、と不謹慎ながら思ってた。いいもの見ちゃった、と不謹慎ながら考えてた。今やあの跡地にも何もない。御主人、ごちそうさまでした。
【Fairytale Of New York / The Pogues】
三.山下達郎
国内のクリスマスソングといえば山下達郎。文句は言わせない。マニアックがポピュラーに覆るマジックは、いつ聴いても感心しきり。あの有名曲もいいけれど、アルバムで楽しむなら『シーズンズ・グリーティングス』(’93)。クリスマス・ソングと米国スタンダードの二本立て。ソングライターではなくシンガーとしての魅力が詰まった贅沢品。朗々と歌い上げる瞬間、ふとシナトラやナット・キング・コールがよぎる。何というか、ゴージャス。そして暖かい。
正月は三が日から呑む。毎年恒例。気のおけぬ仲間たちとだらしなく新年を祝う。店はいつも新宿の「S」。大晦日も元旦も開いている優良店。そういえば此方も二百席強の大箱。雰囲気はそこはかとなく昭和レトロ。奇を衒わないメニューが心強い。正月限定の樽酒を呑みながら、口々に誓うのは健康。来年も変わらない。
こんな話をしていると鬼に笑われちまうかな。まあ、いいか。笑う門には、ってヤツだ。鬼にも福を。俺にも福を。もちろん貴方にも福を。
【Happy Holiday /山下達郎】
寅間心閑
■ 金魚屋の本 ■