一.ゴンサロ・ルバルカバ
先日、渋谷の立ち飲み屋「富士屋本店」が四十七年の歴史に幕を閉じた。広い店内にいつもギッシリの客。立派、という印象が強い。あの店にはずいぶん世話になってさ、としたり顔をしてみたいけど然に非ず。小振りな酒屋の隅でポツンと呑みがちなので、あの立派な大箱は少々眩しかった。年に数回、お邪魔をする程度。年々その間隔も開きがちになっていた。
御無沙汰の理由は二つ。まずは年齢。揚げ物に対する摂取許容量の急激な低下は無視できない。地下の大箱へ続く階段を降りただけで、まるでコロッケを半分食べたような感覚。それが少しヘビーだった。
もう一つは近所の系列店、「富士屋本店ダイニングバー」の存在。此方に伺う回数が増えた。本店が「立派」なら此方は「洒脱」。洒落てるけど気取り過ぎず。これがピタッときた。カウンターにてメガジョッキのハイボール。その肴はエスカルゴときのこのココット、うさぎもも肉のポワレ等々。店構え同様洒落ていた。――いた。そう、過去形。なんと此方も休業中。現在営業中の系列店は三茶と浜町。近々お邪魔しましょうか。
追って逃げるなら甲斐もあるが、追ってもちっとも逃げやしない。追いついたって構っちゃくれない。これ、若い頃のジャズの印象。
所謂名盤に触れてもあまり手応えがない。向いてないのかな、と訝りながらも粘る。たまに掴めそうになったり、本当に掴めたりを繰り返して、ようやく出逢えたのがキューバ出身のピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバの『ライブ・アット・モントルー』(‘90)。チャーリー・ヘイデンの参加作品という角度から触れたが、ピタッときた。いやそんなもんじゃない。一曲目の「Well You Needn’t」で感電。端正な速弾きピアノと極太ベースと繊細なドラム。ビリビリきた。そのビリビリに触れたくて何度もリピート。
それからジャズの態度が微かに変わる。追えば少しは逃げるようになった。追いついたらたまに相手もしてくれる。だからいまだに追っている。
それ以降もちょくちょく聴いていた。スタジオ録音盤ならドラムにジャック・ディジョネットを迎えた『ブレッシング』(‘91)が好み。輪郭がはっきりしたパーカッシブなピアノは心地いい。でも達人、滅多に刀を抜かない。鞘に手さえかけないこともある。それが御無沙汰の理由だなんて、口が裂けても言えません。
【Well You Needn’t / Gonzalo Rubalcaba】
二.ホットハウス・フラワーズ
デビュー盤『ピープル』(‘88)は、ルーツのアイリッシュ・ミュージックよりもロックンロールの配合多めの熱い一枚。ブルース・スプリングスティーン+ヴァン・モリソン、と評されたソウルフルな歌声と、ゴスペルを想起させるコーラスの掛け合いが素晴らしい。
彼等の音楽はアイリッシュ音楽への興味と、ロックンロールへの耐性を育ててくれた。二枚目で枯れ、三枚目でバランスを戻し、四枚目でグッと重くなるところまで聴いていた。御無沙汰だったのは活動休止していたから。私のせいじゃないんだってば。調べれば一昨年に新譜が出ている。久々に聴いてみましょうか。
店に行く頻度を決めるポイントとして無視できないのは場所。どんなにいい店でも行きづらいとなかなか難しい。酒呑みが欲しいのはどこでもドア。行きはもちろん、帰りも便利。ヘベレケになっても大丈夫。そんな与太を立呑み屋で聞いたばかり。ねえ、ドラえもん。呂律の怪しいのび太さん達の言うとおりだ。
茗荷谷には野暮用ひとつない。素敵な角打ちが二軒あるだけ。渋めの「T」とアットホームな「G」。どちらも駅から遠く、けれど居心地がいい。特筆すべきは「G」。お邪魔します、という挨拶がぴったりの店構え。テレビが置いてある部屋は遮るものがなく、舞台のセットみたい。主演女優のおかみさんは優しく、「いつも変わった格好で来てくれるのよ」と他の客に紹介してくれる。勧められるがまま椅子に座り、缶チューハイをグッと呑む。相変わらず野暮用はないけれど、近いうち変な格好してお邪魔しましょうか。
【I’m Sorry / Hothouse Flowers】
三.沢田研二
ジュリーは変わっていた。変な格好だった。京都弁だった。ドリフに出ていた。抗わずに老いを受け入れた。
ザ・タイガースのコンセプト・アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』(‘68)、ショーケンとのツイン・ヴォーカルが印象的なPYGのデビュー盤『PYG!』(‘71)、全曲の作詞作曲を手掛けたソロアルバム『JULIE IV 今僕は倖せです』(‘72)という変遷を聴き辿ると、1970年代半ばから約十年続く絶頂期は芸能界人としての当然の成果ではなく、音楽人としての稀有な評価に思える。ピタッと一致したのだ。時代と。
ベスト盤は数あれど、三枚組の『A面コレクション』(‘86)が一番。私事ながら「コバルトの季節の中で」(‘76)から「渡り鳥 はぐれ鳥」(‘84)までのシングルは大体歌える。でも最近御無沙汰だな、カラオケ……と思っていたらお誘いの電話。場所は高円寺、二次会カラオケ? 行きます行きます、ジュリー歌います。
久々歌った帰り道、もう終電も逃がしたので落ち着いた心持ち。まあ大丈夫、立呑み「N」なら朝四時まで開いている。ゆっくり行こう。でもアレだ、久々のカラオケは目移りしちゃって落ち着かない。結局ジュリーは一曲しか歌わなかった。一番好きなのかもしれないな、「酒場でDABADA」(‘80)。
と、目についたのはチェーン店蕎麦屋の老舗「F」。暫く御無沙汰だけれど、腹が減った訳ではない。――ワンカップが200円。ほう、と足が向いた。110円のちくわ天を肴に、キンキンに冷えた一杯を。鼻歌は「勝手にしやがれ」(‘77)。やっぱり歌えばよかったかな。
【酒場でDABADA/沢田研二】
寅間心閑
■ ゴンサロ・ルバルカバのアルバム ■
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