投資の中には美術が含まれますわね。富裕層の皆様が、お高~い美術品をお買い求めになるのよ。ダ・ヴィンチ手稿の一冊を、マイクロソフトのビル・ゲイツ様がお買いになったのは有名ね。確か三十億くらいでしたかしら。日本ではZOZOTOWNの前澤友作様が、サザビーズでバスキアを百二十三億円で落札なさったのがよく知られていますわ。前澤社長様、アテクシもZOZOスーツの愛用者でござーますことよ。アテクシ意外と庶民派なの。お洋服の通販調査では、返品理由のダントツトップがサイズが合わないですから、ZOZOスーツは素晴らしいビジネスアイディアよねぇ。さすがだわぁ。
だけど投資として見ると、美術品はびみょーよねぇ。お金の使い道に困るほどリッチだと、基本的に不動産や金の延べ棒と同じラインで美術品に投資するようになるわけですけど、そうなると高止まりした美術品を買うことになるわね。マンハッタンや銀座の土地建物を買うのと同じ感覚ね。だけど足跡が残っちゃいますわ。高値がつく美術品の条件は、美術業界でうんと評価が高いこと、作品点数が少なく希少価値があること、誰もが欲しがるようなポピュラリティがあって、ということは、多くの人が欲しがる作品だからその気になれば転売しやすいってことになるわね。そういう作品って意外と少ないのよ。あの作品はいつ、どこで、いくらで売買されて、今誰が持ってるってわかっちゃうのね。
アテクシだいぶ前に美術品投資のシミュレーションをしたことがあるのよ。高止まりした美術品に関しては、税金を含めるとなかなか利益は出ないわね。アメリカの方が税制的には有利ですけど、それでも利回りは高くないわ。日本では絶望的ね。表売買なら間違いなく赤字。もち世界的富豪が文化にも理解があるってことを誇示することはできるわ。それと融資ね。ビル・ゲイツ様や前澤社長様が美術品担保に融資を受けるってのはちょっと考えにくいですけど、バブルの時には日本の政治家様が盛んに絵画融資を活用しましたわ。絵の価格って曖昧ですから、政治家センセの付加価値考慮して色つけて融資できたのよ。政治家様って資金繰りに苦労しておられるセンセが多いってことでもあるわ。融資が焦げ付いて、今でも銀行の金庫で眠ってる絵も多いわね。
なんにも考えずに個人所得で美術品を買いまくるのは簡単ですけど、ビジネススキームの一環として美術品投資をするのは難しいわね。特に高止まり美術品に手を出すのは絶対ダメよ。あくまで表社会で美術品投資して利益を上げたいなら、優秀なバイヤーを雇うことね。将来値が上がる美術品を安いうちに買うの。そうすれば値上がり幅が大きいから税金分を吸収できますわ。
もちろんハイリスクよ。だけど美術品、特にニューヨークで値がつく現代アートの世界はおっそろしいの。一発当たれば元は取れるわ。今日買って明日利益が出たのはバブルの時だけですけど、気を長く持てば三十年くらいで百倍なんてざらなの。作家によっては千倍以上の値がつくわ。百万で買った作品が十億になるわけ。あ、安値っていっても、それなりの美術品は初値でも五十万くらいはするわ。ちょっとしたブランド物やレトロ物が、千円で買って一万円でネットで売れることってあるでしょ。十倍よね。原理はそれと同じですわ。百万で買った物が一千万で売れても不思議じゃないの。でも元値が違うのよ。チェース・マンハッタン銀行の現代美術コレクションはだいぶ安値で買ってるわ。いいバイヤーがついてたのね。
ビジネススキームとしては美術品投資はなかなか厳しくて、とうてい収益の柱にはなりませんけど、個人ならお小遣い稼ぎに最適ね。特にお家にそれなりの美術品が眠ってる場合はそうね。画廊や古美術商に持ち込めば、びっくりするような金額になることもござーます。ただしお売りになるときに「領収書ナシで」って言うのをお忘れにならないで。これ以上書くとマズイわね。ご興味のある方はあとは自分でリサーチしてくださいな。
「京都から大阪に流れてきて、ホストになる前はなにしてた」(中略)
「――あ、画廊にいてたとかいうてた。アメ村の。その辺を歩いてる気の弱そうな田舎っぽい子に声かけて、画廊に連れ込んで、版画とか買わせるんやて」
「アイドル版画やな」
八〇年代から九〇年代にかけて、ヒロ・ヤマガタやラッセンといった原価千円ほどの印刷版画を四十万、五十万円で売りつける詐欺的商法が蔓延したが、その流れをくむデート商法が、つい十年ほど前まで残っていた。地方に行けば、まだつづいているかもしれない。
「そのアメ村の画廊が潰れて、ぶらぶらしてるときにスカウトされたんやて。『ナイトウォーカー』のオーナーに」(中略)
「分かった。ろくでもない腐れや。絢也に仕掛けよ」
(黒川博行「上代裂」)
黒川博行先生の「上代裂」の主人公は、美術雑誌の副編集長をしている佐保と姪の玲美です。玲美はキャバクラ勤めなどで気ままなフリーター生活を送っていましたが、絢也というホストに引っかかって二百二十万円の借金を背負ってしまいます。絢也は冷たいもので、払えないなら風俗で働けと玲美に言います。困った玲美は佐保に助けを求めますが、絢也がホストになる前は画廊勤めをしていたと聞いた佐保は、古美術をダシに絢也をハメてやろうと計画を立てます。ただ切羽詰まった深刻な感じではありません。まー二百二十万円、美術の世界ではそれほどの大金ではありません。金額に応じた気楽な感じで物語は進みます。
黒川先生は美術がお好きですね。奥様が日本画家でもいらっしゃいます。言いにくいですが、ヒロ・ヤマガタやラッセンの版画が二束三文なのもホントのことですわ。まともな画廊は引き取りませんわね。つまり再版価格ほぼゼロってこと。こういったいわゆるアイドル版画はネットで売った方がまだ値がつくことがありますわね。三万円くらいで売れれば上出来よ。美術ってむつかしいのよ。好きだから贋作でも価値がなくてもいいんだというのはサバサバしていて立派ですけど、三十万円で買ったお品が再版価値一万円いかないと、やっぱりどんよりするわよねぇ。三十万円ってびみょーな価格帯なの。サラリーマンがボーナスで買える価格帯。骨董の贋作で一番多い価格でもありますわね。超高額ではありませんけど百人に売れば三千万。しかも原価は安い。お気をつけあそばせ。
「これは、これは・・・・・・。上代裂ですね。」
店主は眼を瞠った。「正倉院御物と同じ様式です。飛鳥、天平の時代はあるでしょう。・・・・・・いや、すばらしい。みごとです」昂ぶった口調でいった。(中略)
「それでは、代金をご用意します」(中略)
「すごいわ、彩。びっくりやわ」
玲美がいった。「百四十足す、八十足す、九十・・・・・・。三百十万円やで。彩ん家の蔵には、いったいいくらくらいのお宝があるんやろ。彩は奈良時代の裂やとか、知ってたん」
「知るわけない。でも、もっと大きな裂が何枚もあるよ」(中略)
「それやわ。彩。次はそれを売ろうよ」
「うん。そうやね」彩は平然としている。三百十万円もの大金を受け取る緊張感とか、高揚といったものはまったく感じとれない。
(同)
佐保は美術雑誌編集者のコネをフル活用して骨董屋を巻き込みます。知り合いの劇団員の女の子に彩という偽名を名乗らせて深窓の令嬢に仕立て上げ、ホストの絢也の前で一芝居打つのです。最初に高価な本物を見せてそれから似たような贋作をつかませるのも、悪い骨董屋やオークションハウスがよくやるテです。贋作でなくても陶磁器などのお品が大量にオークションにかけられるとき、たとえば沈没船から引き上げられた荷物などを売るときは、初日に一番いい物をオークションにかけるのです。すると二日目、三日目のあんまりいいお品でもない物に高値がつくことがござーます。美術商は物だけでなく人も値踏みしますから、人間心理をよく知ってるのよねぇ。
佐保と玲美はまんまと絢也をハメ、借金は帳消しになって少しばかり利益も出ます。その顛末は実際にお作品をお読みになってお楽しみください。でもま、黒川先生の「上代裂」では数百万円の古美術ですから軽い短編小説でおまとめですが、これが千万単位、億単位だともっと長いお話にできますわ。高いお値段がつく美術品の贋作を作り、人をハメるにはコストがかかるのよ。腕のいい職人も必要だわ。ただ美術に限りませんが、ある業界の知識って本で読むだけではわかりませんわね。趣味のお遊びで見聞きしたことがネタになることが多いのよ。作家様はお遊びのときも真剣に遊ばないとダメね。
佐藤知恵子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■