一.セックス・ピストルズ
春が来た。デビューの季節。息苦しいほど緊張したなら、まずはその場で深呼吸。落ち着いたなら仕切り直し。息が切れるまで駆けてみよう。出来れば全速力。自分のペースなんて分からない。デビューなんだから当たり前。変に余裕があると周りと較べちまう。だから、きついだろうけど全速力。
デビュー盤がピーク、というバンドは多い。至極納得。それまでの「蓄積」に「勢い」と「気合い」が加味。そりゃあ良くもなる。だからデビュー盤には名盤、言い過ぎなら有名盤が多い。キング・クリムゾン、ブルーハーツ、ディーヴォ、スペシャルズ等々。
でもそこから一枚選ぶなら、パンク・ロックの象徴、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!!』(‘77)。これに尽きる。エグいくらい後世への影響大。抜きん出ている。ピンクと黄色の面構えもいい。最高のデビュー盤。
でも「これがパンクか、ノーフューチャーってヤツか」なんて期待してると存外に軽い。そして妙に端正。思ってた「粗」で「野」で「卑」な音とはちょいと違う。そう感じたのは四半世紀以上前、まだ義務教育中の若者だった頃。でも、色褪せはしない。今もがっつりフルで聴ける。多分ジョニー・ロットンの声がミソ。いつの世でも誰の耳にも不敵に響く例の声。反抗的で煽動的。
ここ数年、神田界隈にオープンする呑み屋はどこも個性的。30分飲み放題、フレンチ、お好み焼き、天ぷら等々。昼には開いててほしいけど、それは贅沢。だったら蕎麦屋だ。この辺り、百年越えの老舗が多い。正に新旧揃い踏み。
つい先日開店した立飲み「N」のカラーは「石川県」。個性的な新店の中でも抜きん出ている。理由は簡単。雰囲気良好、価格もお手頃、オープンは午後三時。
例えば天気の良い昼下がり、ちょいと早めに用事を済まし、神田まで散歩する。メインの約束は夕方以降、まずは此方で所謂〇次会。今から地酒じゃ夜までもたない。サクっと酎ハイ、肴はヤナギカレイの唐揚げ。これもサクっと旨い。
【Holidays in the Sun/Sex Pistols】
二.乃木坂46
わざわざ若者の街・原宿に行かなくなって随分経つ。ここ最近はほとんど散歩の通過点。まあ人の多さに辟易して、大抵中心部は避けるけど。
今日は珍しくその原宿が目的地。竹下通りを突っ切るのが最短ルート。勿論人の群れ、群れ、群れ。さあ、遠回りしよう。ぐるりと大廻りして到着したのは、昨年末オープンしたサーモン丼専門店「K」。此方には素敵なメニューがある。「せんべろセット」。気持ちいいほど直球なネーミング。文字どおり千円で肴三品、サワー類なら四杯いける(日本酒なら二杯)。え、チンチロサービスで最大七杯? 吃驚。え、焼酎濃くしてくれるの? 感激。
接客、内装、共に明るいから、昼から呑む後ろめたさも少しは薄まる。鮭は焼きたて、ホタルイカはライターで炙りたて。いいじゃないか、若者の街。また寄らせてもらいます。近いうち、ええ来週にでも。
原宿からの帰り道、人混みを眺め元・若者は思う。みんな若くなってる。場所柄、三十代以上の外見が若い。中身だってそう。昔のオトナとは違う。いくつになってもロックを聴くし、アイドルだって好きになる。
乃木坂46の二枚組デビュー盤『透明な色』(‘15)の素晴らしさを、「楽曲の良さ」だけに結論づけるのは昔のオトナのやり口。ちょいと卑怯。たしかにDISC1の「シングル十曲リリース順収録」は破壊力抜群、剣道で喩えるなら「突き」。場合によっちゃ反則。でも肝はそこじゃない。ライヴ、テレビ、ラジオ、雑誌、写真集、握手会等々、聴く度に彼女たちの記憶が蘇るから素晴らしい。楽曲はその為の耳専用装置。これはジャンル不問。アイドルもパンクも関係ない。好きな音楽ってそういうモノ。聴く度、蘇る。
乃木坂46のプロデューサー兼作詞家は言わずと知れた秋元康。三十年前、若者にもならないガキの頃「春はお別れの季節です」と彼から教わった。確かにそうだ。人生足別離。井伏鱒二的に言えば「さよならだけが人生だ」。だけどそれで終わりじゃない。望むなら必ず続きがある。何度だって始められる。
【制服のマネキン/乃木坂46】
三.ザ・グルーヴァーズ
デビューは一度きりじゃない。そう、何度だって始められる。日本屈指のスリーピース・バンド、ザ・グルーヴァーズは当初四人組だった。アルバムを三枚出したところでヴォーカリストが脱退。顔役が抜けるのは痛い。でも彼等は補充も改名もせず邁進、次のアルバム『トップ・オブ・ザ・パレード』(’93)をリリース。これが快心の一撃、再デビュー大成功。歌を任されたギタリスト、和製キース・リチャーズ・藤井一彦の、仕掛けに満ちたソングライティングとドライな演奏の絶妙なバランスは今も継続中。
かつて東京メトロ丸ノ内線・方南町駅の2番出口には立ち食いそば屋があった。その名も「ちかてつそば」。直球なネーミングはやはり気持ちいい。三人も入れば満員の狭い店。売りは「ぬるいそば」。この名前も直球。多忙な猫舌には有難い逸品。
此方が昨年、少し移動し「Y」と改名。店は広くなり、酒を置くようになった。肴は100円のバラミックス天。即ち小さい天ぷらの盛合せ。本当、有難い。テレビを観ながらゆったりできる。勿論「ぬるいそば」も健在。きし麺、ソーメン選択可能に進化した。再デビュー、贔屓目ナシで大成功。
【現在地 / The Groovers】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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