一.くるり
好き、という気持ち。欲しい、という想い。こういうのが度を越すと、何かが壊れちゃう。中毒状態。三日あけるとソワソワ、居ても立っても居られない。喉から出た手に手をひかれ、そいつを求めて彷徨うことに。そいつ、の正体はヒトでも酒でも構わない。まあ、ヒト相手なら「好き過ぎて嫌い」なんて複雑なパターンもあるけど、酒は単純。呑みたくなるだけ。
音楽でもよくある。「好き」なバンド、ミュージシャンは結構いても、それ以上だとグッと絞られる。ワンランク上になる過程は様々。初めてだと高確率かも。所謂初恋。対ヒトだったらベタなヤツ。個人的に多いのは、一撃必殺系。一曲でもスペシャルな曲があると話が早い。他の曲への理解も深まっていく。
くるりもそのパターン。勿論最初から好きだった。フォーキー、エレクトロニカ、ジャジー等々豊富な切り口と、国内屈指の素晴らしい歌詞。そして忘れちゃいけないユーモア。毎回新譜が楽しみなバンド。でもまあ、意外とその手は多い。
で、一撃が来る。しかも不意打ち。シングルでもアルバムでもなく、まさかのベスト盤。『ベストオブくるり-TOWER OF MUSIC LOVER―』(‘06)。しかも初回限定盤付属のボーナスディスクの一曲。本当、不意打ち。
とにかく聴いた。別に奇を衒ってはいない。シンプルなロック。ただ旋律の美しさと、歌詞や声色から滲む焦燥感がクセになる。聴く度新鮮に響くから何度もリピート。結果、他の曲も沁みてくる。
新宿通りを渡ってすぐ、新宿二.五丁目辺りの居酒屋「Y」は年季の入ったラフな外観。入りづらいが入ってみよう。照れを棄てるか、勇気を出すかは気分次第。
まず驚くのは豊富なメニュー。しかもお値打ち。どれにしようか考えながら、店名を冠したチューハイをオーダー。出されたモノは琥珀色。僅かに氷入りだが所謂下町ハイボール、通称「ボール」系。これが抜群に旨い。初回に呑んだのが運の尽き。未だにこれ以外呑んだことない。それどころか、わざわざこの為だけに二.五丁目を目指したりもする。気になる価格は200円也。倍までなら出せる、は案外本気の胸の内。わざわざ行くってそういうこと。
【さっきの女の子/くるり】
二.NG ラ・バンダ
わざわざ、が積み重なるとどうなるか。答えは簡単。「普通になる」、それだけ。普通に電車を乗り継ぎ、普通に店の縄暖簾をくぐり、普通に注文をする。高円寺の立飲み『N』はそんな店。場所は風俗店の通り向かい。抜群のロケーションに惹かれてから十数年。此方は立飲み屋の原風景。だから放っておいてくれる店が好き。三つ子の魂、本当に百まで。
頼むのはシークワーサーサワー。数年前からこれ一択。パンチが効いててクセになる。酒の味に正解などないが、個人的にシークワーサーサワーの模範解答は此方。喉から手が出るのは主に夏前後。大抵一杯目はすぐ呑んじゃう。肴が来る前に「すいません、おかわり、お願いします」。此方のメインは魚。刺身にフライ、焼き物に寿司三カン。大体300円前後。どれも美味しい。
村上龍経由でキューバ音楽に触れる。ベタかどうかはさておき、とにかく触れちゃった。結構前だ。氏はソニー内に自身の名を冠したレーベルを設立。MURAKAMI’sレーベル。うん、色々凄い。
音楽は確かに気持ちよかった。でも、あまりピンと来なかった。ハード・サルサの祖、NG(エネヘ)・ラ・バンダの一曲を除いては。その曲だけ何度も聴いていた。アルバム『キャバレ・パノラミコ』(’92)収録の邦題「レモンをふりかけろ」。
サルサに本気でガツンとやられるのは、それから十数年後。気持ち良すぎて腰から鱗が落ちた。でも、原風景であるはずのNGラ・バンダも村上龍もよぎらなかった。まあ、無理もない。ガツンとやられたのは、更に二、三十年も前のアルバムばかり。時系列グチャグチャ。音色、というか構造が違う。そのガツンの衝撃も落ち着いた今、時空を超えてどちらも楽しめる。耳が整理された訳ではない。腰がバカになっただけ。
【Echale Limon / NG La Banda】
三.トム・ロビンソン・バンド
酎ハイを呑むことが多い。シンプルでチープ。諸々リスクは低いが、正直「これぞ」と感動する逸品に出会う可能性も低い。わざわざ呑みに行くのは創業百四十年(!)の老舗、北千住『O』くらい。名物「牛にこみ」が「東京三大煮込み」のひとつとして有名な此方は、とにかく明るい。健康的。その雰囲気を作るのは、大きなJの字カウンターの中を動き回る三代目の名物御主人。御高齢ながら(失礼)いつも元気。声がデカい。酎ハイ、という短冊はないので、焼酎とソーダを注文。コップになみなみ注いでから、梅エキスを投入。受け皿にちゃんとこぼしてくれる。そしてソーダの瓶の隣りにアイスペールがドン。ちょっとしたセット。全部で380円。何だか嬉しい。好きな濃さで呑めるので味は当然文句ナシ。個人的にはこっちの方が名物。
1978年、サッチャー率いる保守党、そしてネオ・ナチの台頭に、イギリスの若者とアジア系の移民は脅威を感じていた。活発になるミュージシャンの反ネオ・ナチ運動を牽引していたのがトム・ロビンソン。彼の音楽、そして言葉はワーキング・クラスの若者たちにとって「リアル」に響いた。デビュー盤『パワー・イン・ザ・ダークネス』(’78)は、その雰囲気を無論すべてとは言わないが伝えてくれる。
ジャンルを信頼し、パンクを期待すると少し肩透かし。中味はシンプルでポップなロック。御多分に洩れず、軽く透かされたクチ。ただ七曲目の「Man You Never Saw」は一発で気に入った。美しい旋律と性急なビート。何より声がいい。言語や時代を軽く突破し響く声。大人になってもわざわざ聴くのはこんな曲。
【Man You Never Saw / Tom Robinson Band】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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