一.キャロル・キング
そりゃあ誰だってアウェイは嫌だ。出来れば御遠慮願いたい。人間だもの。でも酒が絡むと少々違う。呑んでんだもの。
気心の知れたメンツ数名、若ぶるなら「いつメン」。そこそこ空腹、万年ジリ貧、しかも週末夕方前、意外と店もない。そんな時、足が向くのはファミレス。イタ飯食いたきゃ「S」、中華料理なら「B」。これが酒呑みに優しいツートップ。
勿論初めはおっかなびっくり。どう考えても超アウェイ。どうもどうも、と頭下げながら席につき、メニューを眺めてオーダーを。既に感じるのは店員さんの対応の良さ。何というか、礼儀正しい。良くも悪くも居酒屋のガサツさがない。
実はそれってお互い様。我々呑兵衛連中も行儀いい。此処では間借りの身、騒いじゃいけねえ。勉強中の学生さんにテニス帰りの御婦人方、そして何より団欒中の家族――堅気の皆様に迷惑かけるんじゃねえぞ、野郎ども。
そして懐にも優しい。「S」なら言わずと知れたワイン。グラスは100円だけどデカンタやボトルなら更に割安。「B」なら焼酎ボトルキープ。有難いのはドリンクバー。炭酸、氷、割り物に都度払わなくていいなんて!
少々呑んでもドリンクバーで目を輝かせている御子様を見れば、微笑ましさついでにシャキっとする。忘れてません、ここはアウェイ。小さな背中に「お邪魔してます」とお辞儀しなくては。
昔からキッズ物が好きだ。大別すると二種。「御子様歌唱」か「御子様向け」。前者の最高峰はジャクソン5。この見立てには結構自信アリ。一転、後者は難しい。現時点では、と前置きするならキャロル・キングの『おしゃまなロージー』(’75)。アメリカのアニメのサントラ盤。原作者モーリス・センダックの詩に彼女がメロディを付けた楽曲が素晴らしい。童謡的だが単調に陥らず、ドラム+ベース+ピアノのトリオ演奏にぴったりのスケール。彼女の愛娘たちの声も絶妙な隠し味。
大名盤『つづれおり』(’71)の次を聴きあぐねているなら是非。
【Alligators All Around / Carole King】
二.越路吹雪
敬遠されがちなのは常連さんが強い店。ひどい時は自分だけストレンジャー。立飲みや角打ちならいいけど、座りならアウェイ値マックス。それは流石に辛いけど、案外他所者としてのアウェイは平気、というか嫌いじゃない。
例えば渋谷の酒屋併設型立飲み「M」。此方は毎晩常連割合高め。店の若奥さんには顔→酒&肴→名前と覚えて頂いたが、基本的に他の客とは会釈程度。飛び交う会話には置いてけぼり。でもそれがいい。話の断片をつまんで後は妄想。その上司ってのはこんな顔で……/この人の娘ならこんな感じで……。
どうにも映画が苦手。ある時期から全く見ない。でもサントラは好き。『アブソリュート・ビギナーズ』(’86)や『FM』(’78)のように、名曲詰合せ系もいいけど、やはり醍醐味は劇中台詞も入る実況中継系。知らない話が音だけで進行し、置いてけぼりになりつつ楽曲を楽しむ感覚が面白い。
舞台のサントラはライヴ盤的に楽しめる。最近のお気に入りは三宅純が手掛けた音楽劇『ヴォイツェク』(’14)。その舞台の為、という贅沢さにグッとくる。ええ、ケチなもんで。
不世出のエンターテイナー・越路吹雪の『結婚物語』(’71)も贅沢。ブロードウェイ・ミュージカルの日本初演版。相手役は平幹二朗。うん、贅沢。楽曲も粒揃いなのでダレない。
こういう日本語訳詩での掛け合いを面白がる視点は確かにある。けれど、それを越したところでの精密さ/繊細さはやはり贅沢。
【去年の雪いまいずこ/越路吹雪】
三.ジョニ・ミッチェル
ジョニ・ミッチェルを聴いてると、よく置いてけぼりになる。最初に聴いたのは『コート・アンド・スパーク』(‘74)。それ以降ずっと。どのアルバムを聴いても置いていかれる。
ジャンル分けを軽やかに拒む彼女の音楽は快適。聴いている最中、何度も驚き、感心し、納得する。平たく言えば、ちょっと背伸びしてる感じ。猫背にとってはいい運動。でも、結局置いていかれてる。
それが証拠に彼女の曲、なかなか思い出せない。聴いてる時はあんなに刺激的なのに、脳内再生は失敗続き。すぐ見失い、すぐこんがらがり、すぐ逃げていく。
だから普段はぼんやり聴く。後で思い出そうなんて意気込まない。ジャコ・パストリアスのベース・ラインだけ追っ掛けててもいい。本当に快適。しかも刺激的。でも、たまには改まって向き合う。彼女の歌を口ずさむ。そんな佳き日が来るように、自ら進んで向き合ってみる。
ちなみにジャコが弾いてるのは『逃避行』(‘76)、『ドンファンのじゃじゃ馬娘』(‘77)、『ミンガス』(‘79)、ライヴ盤『シャドウズ・アンド・ライト』(‘79)。どれも素晴らしい。
自ら進んでアウェイに立ち入る日もある。平たく言えば気分転換。場所は銀座。目指すは究極のアウェイ、踊らない方のクラブ……は、誠に残念ながらまだ開店前の御様子で御座いますので、コリドー通りのバー「R」に舵を切る。
椅子なしのカウンターはいつも盛況。此方の名物は著名なマスター、そしてハイボール。最高峰と呼ぶ人も多い逸品は、レモンの香り爽やかな氷なし。普段呑んでるタイプとはゼロの数がひとつ違うけど、たまにはいいじゃないの。少々背筋伸ばしていただきます。もちろん聞こえてくる会話は変わらない。ゼロの数、同じ。人間だもの。呑んでんだもの。肴は置いてけぼりの妄想と、卓上の煎餅/落花生。
【Coyote / Joni Mitchell】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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■ 越路吹雪のアルバム ■
■ ジョニ・ミッチェルのアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■