一.シオン
繁華街の朝は遅い。明け方はまだ夜。空が明るくなっても、街が、店が、酔客が、なかなか朝にさせてくれない。いや、ただ気付いてないだけか。
学生の頃、バイト先のカラオケボックスで色々な酔っ払いを見てきた。時間は夜~朝。内輪で密室にいるから、時々暴走するヤツが出てくる。大別すると二種類。
まず色恋系。小さな会社の二次会、十人ほどで御来店。途中カップルがトイレに籠って出て来ない。中から漏れる色っぽい声を確認した時点でカラオケは強制終了。社長が平謝りする中、引き摺り出されたカップル登場。男は縮こまっていたが、女は澄ました顔で化粧直し。
次は暴力系。ドリンクを運んでいくと「遅えんだよ」とマイクで頭を一撃。ただ、腹は立たなかった。こんなもんだろう、と思っていたから。
十代半ば、大人の世界を教えてくれたのはシオンだった。ド派手なロッカーも、怪しげな露天商も、属性不明の世捨て人も、みんな人の子。毎日働き、毎月家賃を払い、帰るべき田舎がある。今思えば当然の話だが、当時はどれも新鮮。そんな彼の歌で予習をしていたから、客にマイクで殴られても平気だった。金を稼ぐのは大変だと、みっちり教えられていたから。
自主制作盤『新宿の片隅で』(’85)で世に出た彼は、今も歌い続けている。福山雅治とコラボをしたり、NHKの大河ドラマに出演したり、と話題になる度とても嬉しい。あの採譜不能のしゃがれ声が聴ける、という点でどのアルバムも素晴らしいが、寒い時期に聴きたくなるのは、エヴァン・ルーリーやマーク・リボーと手を組んだ二枚組『ストレンジ・バット・トゥルー』(’89)。きっと温まる。
朝九時前の新宿二丁目は、まだ夜が明けきっていない。私も夜通し遊んでいたなら良かったけど、今日は少々健康的。目指すは朝七時開店のタイ料理屋「M」。夜はガールズバーになる二毛作。地図を見ながら三丁目方面へ。辿り着いたビルの前で思わず立ち止まる。デジャヴュ。ここ、絶対に来てる。看板を確認しながら店内へ。再びデジャヴュ。うん、中にも入ってる。食券を買って、カウンターに座って数分。カオマンガイ(ミニ)を肴にレモンサワーを呑んでいると、記憶が蘇ってくる。そうだ、「七並」という蕎麦屋だったんだ。当時は店内に「夜はガールズバー」と掲示し、「パクチーつけ麺」というメニューもあった筈。パクチーとタイ。大人の事情を感じつつ、店を出るとまだ朝十時。さあ、今日も一日頑張らねば。
【街は今日も雨さ / SION】
二.スクィーズ
タイ料理は大好き。でも酒の肴的にはちょいと高い。普通の専門店で呑むと結構かかる……。そんな嘆きを受け止める店が、数年前からポツポツと。
十条「T」(開店五周年)はドリンク300円~/フード400円~。ついつい色々試しちゃう。素朴/家庭的な雰囲気の中、テレビを見ながら思わずまったり。オススメのラープ・ムー(豚肉とハーブの和え物サラダ)は、初めての形態でびっくり。池袋「B」も価格帯はほぼ同じ。夜は道のりが暗いけど、それも味。外の通りを眺めながら、ここでもまったり。色々試せば発見も増える。パッペッパールォ(なまずのスパイシー炒め)は肴にぴったり。練馬の立呑み「H」の肴は本格的なタイ料理。江古田に支店もある。チープでカラフルな外観内観がばっちり。タイ好きの日本人オーナーはとても親切。キンミヤのボトルキープがしっくり。
アルバムのジャケットって大事。骨身に沁みるのは、ジャケ買いして失敗した時に非ず。逆。ダサいジャケだと敬遠してたら/音がドンピシャ、が正解。聴かず嫌いだった時間を返してほしい。
スクィーズはそんなバンド。ジャケット、全部ダサい。でも内容は全部ツボ。よく紹介されるのは二枚目『クール・フォー・キャッツ』(’79)か四枚目『イースト・サイド・ストーリー』(’81)。勿論素晴らしい。でも個人的愛聴盤は三枚目『アージーバージー』(’80)。大名曲「Pulling Mussels」を皮切りに、最後までポップの博覧会。とにかく色々取り揃えてる。アレンジはチープでカラフル。そして小粒。エルヴィス・コステロなら大仰にするであろう旋律を、プチに仕立てる感覚がぴったり。
【Pulling Muscles (from the shell) / Squeeze】
三.フリッパーズ・ギター
正直なところ、タイの音楽は殆ど知らない。唯一浮かぶのはタイのミュージシャンによる、フリッパーズ・ギターのトリビュート盤。しかもデビュー盤『海へ行くつもりじゃなかった』限定。その名も『タイへ行くつもりじゃなかった』(’08)。タイの音楽、というと専門店でよく流れているアノ感じしか浮かばなかったので、聴いてびっくり。全編に漂うステレオラヴ的な「密室型ポップ」の雰囲気。楽曲に覚えがあるので更に聴きやすい。そしてオリジナルより英語が上手。
久々に聴くとオリジナル盤の印象も違う。当時は全曲英詞につまづき少々敬遠気味。こんなに青臭かったっけ、と再度びっくり。
目を疑う瞬間、所謂二度見ってなかなかない。稀有。つい先日、久々に二度見、いや三度見したのは百人町。タイ料理屋「L」の店先の貼紙には「ハイボール 1杯 99円」。しかも何杯呑んでもいいらしい。すぐ喜ばないのは仕方ない。まずは店頭にあるメニューをチェック。フードは殆ど650円。それでも喜ばないのは性格上の問題。チャージが高い、ハイボールの量が少ない、雰囲気が悪い、等々様々なケースを想定し、覚悟を決めてやっと店内へ。結果は、チャージもないし、ハイボールはちゃんとしてるし、雰囲気良好。初めて食べるパットカナームゥクロップ(カリカリ豚のカイラン炒め)を肴に、ハイボールを六、七杯。
この年の瀬に願うことはひとつ。来年、この価格設定が大流行しますように。
【Hello / Yuri’s Nominee】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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