一.ザ・リトル・ウィリーズ
静かに呑みたい。格好つけてる訳じゃない。多分少し疲れてる。近頃色々あったしな。
こんな時は慣れた場所を散策。のんびりのんびりペース落として。静か、といってもパターンは多数。音がないから静か、なんてそんなに単純じゃない。結構うるさいのに静かな店もある。うん、あそこにしよう。
大久保「C」は香港小皿料理屋さん。地下に降りてドアを開くと、飛び交う中国語。テーブルに座ると日本語に切り替えたおばちゃんがメニューをくれる。此方は小皿が¥200均一。「冷やし豆腐」と「蒸し地鶏の細きり」、そしてレモンサワーを。「すなぎむ」「メーマ」とメニューの誤植が妙に可愛い。
ちょっとずつ/色々な味を、なんて大人になっちまったなあ。まあ、それが出来るのは良いお店。次は「すなぎむ」、いっとくか。
雑然としてるが不思議と落ち着くのは、おばちゃんのスローな日本語の力。場所柄か怪しげな客もちらほら。おばちゃん、たまにつかまってる。今日もそう。二言目には「私は情報持ってんだよ!」と意気込む、ド派手な老女の相手をしてた。それでも此方は静かな店。
ノラ・ジョーンズが好きだ。あの名曲「Don’t Know Why」を聴いて一発でやられた。声がいい。静かな声。いつでも夜にしてくれる。
2003年、そんな彼女がバンドを組んだ。しかもカントリー。個人的にイマイチ取っ付きづらい音楽。これを機に、という下心丸出しでバンド名を冠したデビュー盤『ザ・リトル・ウィリーズ』(‘06)を聴いてみた。なるほど良い。様々なタイプの曲が二、三分台で小気味よく。ちょっとずつ/色々な味。感触が似ているのはボブ・ディラン&ザ・バンドの『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』(‘75)。リラックスした雰囲気が伝わってくる。
どの曲もゆったりと暖かい。音の隙間のおかげでテンポは早くても、どことなく静か。カバー曲も多く、つまり佳曲揃い。原曲を聴く、というお楽しみも付いてくる。
【Roly Poly / The Little Willies】
二.ダニエル・ラノワ
もう少しボリュームを落とそう。
ダニエル・ラノワは名プロデューサー。U2『焔』(‘84)や『ヨシュア・トゥリー』(‘87)、ピーター・ガブリエル『SO』(‘86)が有名だが、ネヴィル・ブラザーズ『イエロー・ムーン』(‘89)、ボブ・ディラン『タイム・アウト・オブ・マインド』(‘97)辺りの仕事が個人的には好み。
そんな男が自分の名前で作成したアルバム、ハードル上げまくっているがちゃんと跳び越える。さすがプロ。
よく聴くのは三枚目『シャイン』(‘03)。結構ハードな音色も鳴っているが、一枚を通して静かな印象。しっとりと落ちていく。
年に一度くらいのペースで顔を出す店がある。もちろん静かに呑ませてくれる。御主人はたまに「久しぶりだね」と呟いてくれる。ありがたい。
カウンターだけの居酒屋、神田「K」は店内が飴色に煮染まっている。本当に素晴らしい。初めて来た時、軽く興奮した。しかもトイレは木製タンク使用。すこし舞い上がったせいか、やきとんの味付けを「お任せで」と頼み、強面だがシャイな御主人を困らせた。「俺が食べるんじゃないから」という一言に謝りつつもまた痺れる。本当、仰るとおりです。
BGMはカセットテープ。昭和の懐かしい歌が小さくかかる。ラジオのエアチェックが多いのも味。テープ独特の捩じれた音、そして全体がギュインと歪む瞬間、これまた軽く興奮する。
【Falling At Your Feet / U2 & Daniel Lanois】
三.ブライアン・イーノ
さあ、さらにボリュームを落とそう。
代田橋の居酒屋「C」にBGMはない。他に客がいれば、御主人との話し声がある。いなければ、何もない。無音。奥には卓袱台が置かれた小上がり席。蛍光灯がぶら下がるその空間は、まるで映画のセット。一度は上がりたい。
メニューは豊富。カウンターに置かれた小さなホワイトボードにざっと五十種類。天ぷら、焼き物、揚げ物、刺身、なんでもある。無音の中、御主人が調理する音だけ響く。年季の入った白割烹着姿を眺めながら、ゆっくりとビールを。嗚呼、大人になっちまったなあ。
静寂といえばブライアン・イーノ。「アンビエント・ミュージック」の名付け親、いや、生みの親。そして彼もまた名プロデューサー。ディーヴォの『頽廃的美学論』(‘78)やトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』(‘80)を手掛けている。最近ではコールドプレイの大ヒット作『美しき生命』(‘08)が印象深い。更に言えば、彼はダニエル・ラノワのお師匠さん。前述のU2『焔』は共同プロデュースだ。
イーノといえば、やはり「アンビエント四部作」の一作目『ミュージック・フォー・エアポーツ』(‘78)は外せない。その題名にふさわしく、実際に空港で流されていたという音楽は柔らかく緩やか。「待合室用」なのでアナウンスが入る事を考慮して中断可能、空港のノイズと共存可能等、環境としての音楽の機能を十二分に搭載。このタイプなら月面着陸のドキュメンタリー映画のサントラ『アポロ』(‘83)もある(共同制作者はラノワ)。ただ個人的には少々物足りない。静寂マスターは引き算以外の技も豊富に持っている。
ドイツ電子音楽の始祖、クラスターと手を組んだアルバム『クラスター&イーノ』(’77)は、音を鳴らすことで静寂を表す、足し算、曲によっては掛け算の骨格。緊張感もある。数秒後、耳をつんざくような轟音/雑音が溢れ出すんじゃないか、という瞬間が数回。その度に静けさを噛み締める。
ジャケットも素晴らしい。草原にマイクが一本、空を向いて立っている。素っ気なくも雄弁な写真。
【One / Cluster & Eno】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
■ ザ・リトル・ウィリーズのアルバム ■
■ ダニエル・ラノワのアルバム ■
■ ブライアン・イーノのアルバム ■
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