一.憂歌団
呑み代がない。ゼロではないけど不十分。明らかに足りない。勿論探す。ポケットの中、バッグの中、それでもダメなら頭の中。さあ思い出せ、どこかにあるだろう、呑みたいなら思い出せ。
統計上、バッグからの発見率高し。稀に財布から。お札に紛れてる。そう、探していたのは呑み屋の回数券。相場は一綴り1000円。絶妙というか妥当というか。
大抵見つかるのは500円分。ギリギリ肴も頼める。ラッキー、ではない。そんなことで幸運は使わない。非常事態に備え、予め残しているだけ。酔っててもその辺りは抜かりなく。私なりの防災、或いは減災。
やっと見つけたら閉めた店のヤツ、なんてこともある。最近は高田馬場「磊磊」と鶯谷「秀吉」の券で糠喜び。どちらも今はない。思いがけず懐かしい。あの頃は防災意識ゼロ。それどころか「回数券は不経済」なんて思ってた。若僧、不敬罪。防災意識が身についたのは、池袋の立呑み「D」のお陰かも。
昼三時開店、入口二つのゆったり構造、なかなかに落ち着ける。回数券は1000円にて1100円分。ラッキー。50円の十一枚綴りが二冊、というモダンな形状。実用性も抜群。いつもチューハイと菊アブラのタレ。こってり味が癖になる。合計300円、じゃなくて券六枚ね。
明るい時間にまったりと和むもよし、ゴールデンタイムの喧騒を楽しむもよし。夜のBGMはベテランさんの塩辛声。そんな中、新成人風の女子二人が店員のオネエサマから回数券のレクチャーを受けてたり。
個人的には、奥の暗がりが好位置。リラックスして店内一望。十分弱で「御馳走様」と一声かけて退店。今なら理解できる。この伝統的短時間スタイルに、回数券システムは好都合。若い頃には分からなかった。
勿論その存在は知っていた。それどころか頑張って聴いていた。ブルース――ロックンロールの源流。だから楽しみたかった。でもキツイ。聴いても聴いても楽しくない。ロバート・ジョンソン、B.B.キング、マディ・ウォーターズ……。若僧には正統派過ぎたかも。募るのは不満、というか不安。どうして好きな音楽のルーツを楽しめないのか? 生まれつき何か問題があるのか? 本当に音楽を好きなのか?
突破口は大阪に。日本が誇るブルース・バンド、憂歌団。シュッとしてたり/おもろかったり、のバランス、所謂二枚目と三枚目のスイッチに魅かれて聴き続けた。
そのうちマナーが段々と分かる。退屈だった部分が「お約束」だと気付いた時の少し得意な感じ、忘れない。際立つのは既存の曲、つまり「有り物」を奏でた時。カヴァーアルバム「知ってるかい!?」では、キャロル、オリジナル・ラヴ、欧陽菲菲の楽曲がブルース塗れに。
憂歌団を機に、今ではロバート・ジョンソンも大好きに……はなってない。それはそれ、みたい。随分と楽しめるようにはなったけれど。
【パチンコ/憂歌団】
二.大工哲弘
沖縄音楽の突破口は大工哲弘だった。正確には八重山民謡の歌手。ザ・ブーム、ソウルフラワー・モノノケ・サミット、ネーネーズ、忘れちゃいけない、喜納昌吉&チャンプルーズ等で耳は地均し済み、ぼんやりマナーは分かってた。なので「突破口」は少々大袈裟。
音源を聴く前に、まず生で聴けた。ラッキー。表情と佇まいにやられた。そして何より声。三線の音がなくても寂しくないのは、節回しや声色が豊かだから。伴奏が付いても確認可能。彼の歌声はやや浮いている。誤解を恐れず言えば、微かにアウト。でもそれがいい。美しい。昔から好きな友部正人もそのタイプだ。
その大工哲弘が立呑み屋でライヴを開催。行けなかったのは、知らなかったから。無知の涙。いや、泣かないまでも歯噛みした。その店こそ浅草橋の立呑み「N」。
ビルの二階、広めで明るい、そして回数券制。一冊十枚綴りで1080円/頭紙二枚でチケット一枚。店名から連想するのは「ニライカナイ」。超ざっくり云うと沖縄における楽園/理想郷。今宵の会計は、酎ハイとポテサラで四枚。うん、理想郷。
気付けば仕事帰りの団体客が沢山。聞こえてくるのは「安い」「凄い」の声。やっぱり楽園だったようで。
【マクラム道路/大工哲弘】
三.ミー・ファースト&ザ・ギミー・ギミーズ
この期に及んでアレだけど、安けりゃイイネ!な訳ではない。無論安ければ嬉しい。それは事実。でも「売り」がそれだけだと、足は向かないし勧めない。
なんてツラツラ考えつつ、向かったのは板橋の立呑み「S」。初入店。人気なのは承知だが、大雨だからか店内ゆったり。此方の回数券は一冊十枚綴りで1100円。切り取り線ナシに痺れる。いや、実はもう痺れてる。さっきから目に入る肴の値札が安すぎる。酎ハイと田舎煮で二枚。腰抜けそう。雑多なようでツボを押さえた肴の相場は一枚。刺身(!)も釜飯(!)も一枚。ちなみに焼カキ(三個)は二枚、鰻は三枚。さすが贅沢品。客は皆、宝探しのように肴を見て回る。
唯一難点は肴の量が多く、一人だと色々試せないこと。なんだか悩みも贅沢品。みんな焼カキ好きなんだねえ、と驚く店員さんに同僚さんが一言。「安すぎるからだよ!」。はい、御名答。
NOFX、フー・ファイターズのメンバーから成るパンク・バンド、ミー・ファースト・アンド・ザ・ギミー・ギミーズのコンセプトは明快。ポップス、ミュージカル、R&B、ウエスタン等々、豊富かつ雑多な名曲をパンク・マナーでカヴァーしまくる。「楽曲が名曲」というアドバンテージもあり、どのアルバムも素晴らしい。速さ/重さ/粗さを駆使し、一本調子にならないアレンジは或る意味テキスト的。ベテランも初心者も楽しめる。
2011年には全曲日本語のアルバムをリリースし来日まで。そのストレートな「熱さ」にグッときた。
【My Favorite Things/Me First & The Gimme Gimmes】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
■ 憂歌団のアルバム ■
■ 大工哲弘のアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■