一.ピンク・フロイド
サイケデリック、と聞いて浮かぶのは、カラフルでチカチカしたあの感じ。ピーター・マックス、ビデオドラッグ、横尾忠則、曼陀羅。こんなワードで画像検索した方が早い。ね、チカチカ。「サイケな映像」は分かりやすい。
けど「サイケな音楽」は少々厄介だ。分かったようで分からない。すぐに取っ散らかる。シタール鳴らしてインド風だったり、曲が終わっても怪しい音が響いていたり、とにかくエコーをかけまくってビチャビチャだったり。色々取り揃え過ぎ。そこに歌詞や思想や演者の外観等々、各種トッピングも添えられ更に細分化。収拾つかない。まあ、定義が曖昧ゆえ言ったもん勝ち。「これ、サイケだよね」と聴かされたら「はあ、なるほど」と言うしかない。人の数だけサイケは……、なんてまとめたくなる。それだって言ったもん勝ち。
大衆酒場、というのもそう。分かったようで分からない。大体のイメージはあるけど、考え出すと取っ散らかっちゃう。立呑みやバルの方がイメージしやすい。
個人的にピンとくるのは、神田駅高架下の「大越」やその隣の「升亀」。大箱/ガヤガヤ/メニューが豊富。でも二店とも、もうない。だから実名表記。「升亀」には遺伝子を継いだ店が小伝馬町にある。その名も「I」。ちゃんと「亀」の字入ってる。名物のゲソ天も引き継がれてる。
同じく神田の老舗「M」も素敵だが、もう少しラフな方がいい。それなら王子の「Y」。此方も老舗。長机に向かい合って呑む。団体さんはワイワイ、独り客はマイペース。どんぴしゃ、大衆酒場のイメージ。焼酎の「割り材」はどれも160円。炭酸水を選び、肴はハムカツ170円。これが私のペース。なんと朝八時前には開いている。早い時間の薄暗い感じも堪らない。考え事にぴったり。早起きで得る三文ってこのくらい。
サイケな音楽にも個人的なイメージはある。ピンク・フロイドのデビュー盤『夜明けの口笛吹き』(’67)。これ、どんぴしゃ。不穏な音色と旋律、全体を覆うドリーミーな靄。これ以降のピンク・フロイドとは別物。キーマンのシド・バレットが薬物中毒/心身不調で脱退、という裏付けもアリ。そんな彼は三年後にソロアルバムを二枚発表。弥が上にも高まる期待。ただその音楽は期待と少し違う。アシッド・フォーク、というか漂うローファイ感。あのサイケ感はちょっとだけ。「ベイビー・レモネード」という美しい曲もあるが、全体的には小ぢんまり。デビュー盤の感じは他のメンバーとの化学反応だったのか。サイケ、奥が深い。
【Bike / Pink Floyd】
二.13thフロア・エレベーターズ
これぞサイケ、と言いたくなる目玉のジャケット『サイケデリック・サウンズ・オブ…』(‘66)が有名な13thフロア・エレベーターズ。基本的にはソウルフルなヴォーカリストを擁したロック・バンド。それをサイケにするのは壺。正式名称は「エレクトリック・ジャグ」という楽器。でも、やはり壺。それをひたすらトゥクトゥク鳴らすだけのメンバーがいる。存在自体がサイケ。もちろん最初は違和感がある。でも何曲か聴き進めるとクセになるから不思議。トゥクトゥクやりすぎて気が狂ったという噂もあったが多分嘘。一昨年の再結成ライヴの時に、相変わらずトゥクトゥクやってたので。
たまに壺トゥクな人に会ったりする。たとえば立呑み屋。フラッと来て/サッと帰る。そんな気軽さが魅力だが、当然一軒目の客ばかりじゃない。ダラッと来て/ちっとも帰らないタイプもいる。そういう人は店に居着いて発酵している。
先日見かけたのは赤羽の立呑み「S」。ここは24時間営業なのでとても便利。客も色々。愛想のいいオネエサンのテキパキした動作に感心しながら昼酒。100円の肴で酎ハイ。妙に解放感のある店内が心地いい。そこへ若い男性客一人。フラッと、じゃなくダラッと来て斜向かいのカウンターに立つ。あんなに愛想のいいオネエサンが何だかつっけんどん。こっそり観察。肴は頼まずサワーのみ。途切れることなく大きめの独り言。かと思えば店内フラフラ。うん、壺トゥク系。無遠慮な視線を感じる瞬間もあり少々緊張。でも飲み終わったら店を出た。サッと帰るタイプだったか、と感心したのも束の間。再び御来店。延々このループかも、と想像しながら酎ハイお代わり。帰りがけに見かけたのは、ぼんやり店外で佇む彼。きっと三度目の入店のスタンバイ中。
【You’re Gonna Miss Me / The 13th Floor Elevators】
三.坂本慎太郎
国内のサイケな音楽といえば、ゆらゆら帝国。これに尽きる。野蛮なロックもフォーキーな小品も全て不気味。歌詞もアートワークも外観も完璧。なるほど、私のサイケって「気味が悪いこと」らしい。
アルバムはどれも高品質。ただ出来れば順を追って聴くのがベスト。その進化の過程に感動する。しかも核はそのまま。ぶれない。一貫して気味が悪い。完全に出来上がってしまった、という解散理由も納得の素晴らしいバンド。
そして朗報。核を保った進化はまだ未完。今も現在進行形。キーマン・坂本慎太郎のソロ作品に引き継がれている。シティ・ポップ然とした軽快な音色は、聴けば聴くほど気味悪く響く。ゆらゆら時代から終始一貫の旨味。「裏・山下達郎」と密かに命名。
進化しているのは「閉じていない」ところ。彼の気味悪さは内向きでも外向きでもなく、鍵をかけていないだけ。元々ないわけではない。あるのにかけていない不気味さ。誰でも入って寝転がれる。
【あなたもロボットになれる / 坂本慎太郎】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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■ 13thフロア・エレベーターズのアルバム ■
■ 坂本慎太郎のアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■