一.クラフトワーク
毎日暑い。夏だもの。覚悟してる。でも昔より相当熱い。これ本当。ドアを開け一歩外にでた瞬間、即ゲンナリ。熱気、ひどい。日なたを避け、弱冷房車を避け、熱燗を避け……たりはしないけど、かけは避けて、もり。そう、蕎麦の話。
毎夏、行く回数が増えるのはチェーン店。特に「F」と「K」の老舗二店。理由はふたつ。涼しくて、麺が冷たいから。これは大手の強み。もちろん旨い。そして安い。店員さんも礼儀正しい。最高かよ。
でも夏以外はあまり行かない。理由はひとつ。クセがない。言い換えれば没個性、量産型、金太郎飴。なら多少足を伸ばしても、クセのある店へ。念のため繰り返すけど、旨い。そして安い。ダメな店にあたった時は、「K」で口直し。これ本当。
あと「F」には所謂「ちょい呑み」メニューもある。天ぬき、コロッケ等が百円台。雰囲気はなくても、ほら、こんなに涼しい。文句言ったらバチあたる。
個性を競い合う中、積極的な「没個性」は逆に個性的――。こんなイメージでテクノポップを聴いてきた。その源流がドイツの電子音楽グループ、クラフトワーク。テクノ界のビートルズ、と呼んでもOK。きっと大丈夫……だよね?
延々繰り返される、名人芸不要の単純な音型。坂本龍一曰く「平板さの魅力」。けれど退屈しないのは、アルバム毎に明確なコンセプトがあるから。エモーションを排したその音は、YMOよりディーヴォより涼しげ。四枚目にして実質的デビュー盤となる『アウトバーン』(‘74)には、熟成前の人力感もパッケージング。大抵いつも、小さな音で聴く。
【Autobahn / Kraftwerk】
二.ダイアー・ストレイツ
涼しげな音楽と夏っぽい音楽は別モノ。例えばザ・ビーチ・ボーイズの「サーフィン・U.S.A.」。夏の定番曲だが、楽曲自体は結構エモーショナル。熱くて暑い。ちなみにコーラスワークも厚い。理論上、音が重なると風は通りづらい。でも、抜けばいいわけでもない。弾き語りだって、人によっては暑苦しい。人によっては、ね。
そこでダイアー・ストレイツ。昔は苦手だった。地味だから。でもそれは耳のせい。ちょっと若過ぎた。今なら分かる。地味、ではなく「滋味」。本当、味わい深い。
どのアルバムも良い。じっくり付き合える。でも一番涼しげなのはデビュー盤『悲しきサルタン』(’78)。印象に残るのは、澄んだギターの音色。時には静謐に、時には立体的にと変化する。操るのはマーク・ノップラー。爪を隠した鷹は、ピックではなく指で弦を弾く。決して派手ではないが、物足りなくもない。騒がない歌声と相俟って、風通しのよい音色が広がっていく。
二枚目以降、段々と音は華やかに。遡って聴き進めると、下味の豊かさがよく分かる。
老舗の肴は滋味溢れるものばかり。いや、背伸びしちゃった。本当は曖昧。まず「滋味」の定義が長年あやふや。味わい深いこと、で正解なら浮かぶのは老舗。中でもまったく気取りなく、だけど歴史も感じつつ、と風通しがよいのは十条の「S」。創業九十年の名店。こんなにリラックスできる老舗も珍しい。
暑い夏の日、煮物やおひたしを肴に呑むのは、にごり酒のソーダ割り。身体の中から涼んじゃう。どんなお酒もソーダで割ってくれるのが嬉しい。割り代は七十円。もっと嬉しい。向かいのお兄さんはカレーコロッケでモヒート。風通し抜群だ。
【Southbound Again / Dire Straits】
三.ディップ
涼しさにも色々ある。店の扉を開けると仄暗くて冷んやり。レジにて会員証を提示しオーダー。ソファーに腰掛け数十秒、運ばれてくるのは、さくらんぼ味のフルーツ・ビール「ベル・ビュー・クリーク」fromベルギー。もちろん生。しかも肴は持ち込み自由。そう、ここは会員制のバー、ではなく駅前の酒屋。
西太子堂の「K」は会員制の角打ち。なかなか珍しい。会員規則は一見厳しいが、至極真っ当なことばかり。照明暗めと室温低めは酒の為だが、私の為でもある。避暑地として夏は訪れがち。
ディップの音をサイケデリックと評するのは間違いではない。でも、それだけでもない。和製テレビジョン、と括れたのも遥か昔。フォーキーだったり、轟音炸裂だったり、バロウズのカットアップだったり、無機質テクノだったり、ビートルズの「ディア・プルーデンス」を二十五分かけて演奏したり。ん、シューゲイザー? そうか、成程。
そんな変態/擬態の背骨になるのがノイズ、即ち雑音/異音。彼等のそれは仄暗くて冷んやり。
擦り切れるほど聴いたのは『アイル(I’ll slip into the inner light)』(’94)や『AFTER LOUD』(’09)。ミニアルバムの『13flowers』(’96)と『13towers』(’96)もまた然り。ミディアム・テンポなロックンロールを捩らせた時、その独特な触感が浮き上がる。
部屋を冷やすエアコンの裏には室外機。世界に熱風を撒き散らす。その熱気の存在がちらつく冷んやりは稀有。しかも二十年以上、進化し続けるなんて。
さあ、ちょっと涼もうか。今日もやけに暑いじゃねえか。
【粘膜の宇宙/ dip】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月10日掲載です。
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■ ダイアー・ストレイツのアルバム ■
■ ディップのアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■