一.ジグソー
あれは小学校低学年。よく知らない音楽を聴きたがっていた。今なら珍しくない。人気急上昇/見た目が好み/変な名前……。知らないのに聴きたい理由は色々。でも、あの頃は七、八歳。だのになぜ。
聴きたかったのは、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド、YMO、セルジオ・メンデス等々。年齢からして相当渋い。そして雑多。もちろんタネも仕掛けもある。全部、プロレスラーの入場曲。好きな選手の曲は、やっぱりちゃんと聴きたい。
買っていたのはLP、ではなくCT。スキャン、ではなくカセットテープ。文字どおり擦り切れる。当然試合も観に行った。武道館より国技館より、狭くてリングに近い後楽園ホールがお気に入り。通称「格闘技の聖地」。今だって行く。まずは近場で一杯呑んじゃおう。
後楽園ホールから程近い、裏通りにある立呑み「U」。なかなかに地味な外観。素通りする人が多いのも納得。実は私もそのクチで……。
店内はいつも大繁盛。仕事帰りの背広組で賑わっている。さすが人気店。でもうるさくないし、派手でもない。たまの嬌声もあまり響かない。肴は全品三百円。財布にも響かない。素晴らしい。ほや、生からすみ、ふぐ卵巣、とラインナップは外観同様渋め。焼酎はセルフ。ぎりぎりまで注いでちびちび。ギリチビ。お、この匂いはくさや。炙るのはテーブル中央の焼き網。なるほど、渋いだけじゃない。小技が効いてる。レスラーなら木戸修かスティーヴ・ライト。通好み。その良さが沁みるのは大人になってから。
昔、憧れたのは華麗な選手。例えばメキシコの覆面レスラー。その中でも「仮面貴族」ミル・マスカラス。
プロレス初心者に受けがいいのが空中殺法。想像を遥かに上回るアクションは単純に面白い。その元祖がマスカラス。華麗なのは試合だけではない。試合前、リングに上がった彼はマスクを脱いで客席に投げ入れる。観客は大盛り上がり。御安心あれ、下にはちゃんと試合用マスク。その時、会場に流れているのがジグソーの「スカイ・ハイ」(’75)。
国内でこの曲を有名にしたのはマスカラス。発売から二年経っていたが、洋楽チャートの年間二位に押し上げる。ジグソーは確かに一発屋。でも、その他の曲も素晴らしい。美しい旋律とラフ気味な演奏のバランスが絶妙。三枚組(!)の『コンプリート・シングル・コレクション』(’13)で心ゆくまで。
【Sky High / Jigsaw】
二.スペクトラム
華麗もいいけど強さもね。スポーツだから勝敗は大事、ただあくまでも一要素。プロだもの。楽しみ方は多種多様。強さだって十人十色。パワーファイター、テクニシャン、善玉、悪玉、ガチンコ、怪奇派……。
今でも痺れるのは一撃必殺。One Shot One Kill。「不沈艦」スタン・ハンセンはその代表格。ウエスタン・ラリアットが決まれば試合終了。文字どおりの「必殺」技。ハンセンは入場から暴れまくる。ブルロープを振り回し、近寄る観客を殴る。煽るように流れている曲は、スペクトラム「サンライズ」。バラエティー番組・乱闘シーンの定番BGM。
八人編成のスペクトラムはブラス・ロック、というかファンク。日本人離れした音と見た目。甲冑を着て踊る姿は、和製アース・ウィンド&ファイアー、またはPファンク。収録アルバム『オプティカル・サンライズ』(’80)の一曲目「モーション」は、キックボクサー、ロブ・カーマンの入場曲。格闘技との相性抜群。
呑み屋にも一撃必殺はある。北千住「O」の肉とうふ、赤羽「M」の鯉あらい、吉祥寺「I」の自家製シューマイ等々。そして創業七十年の老舗、恵比寿のもつ焼き屋「T」には、まくら。正体はつくねのニラ巻き。店名にも冠される逸品。カウンターに座れば中が丸見え。冷蔵庫、食器棚、流し台、すべてが味わい深い。
まずは食べる前に最初の一撃必殺。此方は焼き物の注文は一度のみ。追加注文NG。ここで決めなければ、の緊張感がたまらない。意外と優柔不断な自分に吃驚。
ネギ間仕様のモツ串に続いて逸品・まくら登場。濃厚なタレがまた旨い。もう一本頼むんだった、と後悔しながら冷奴をオーダー。サイドメニューはいつでもOK。
【サンライズ/スペクトラム】
三.クリエイション
大型ショッピングセンターが出来て、昔ながらの商店街は壊滅状態。よくある話。どう見ても悪いのは大資本側。完璧な悪玉。しかも強い。憎たらしい。でも加勢しちゃってる。安いんだもの。ちょっと敵わない。
でも呑み屋に関しては違う。酒は別腹。大手チェーン店でも個人店でも使う額は大差ない。いや、個人店の方が色々お得。悪玉、分が悪い。
中野の立呑み「Y」はイカ料理が有名。そう、以前記した荻窪「Y」の系列。そちらから届くまで200円のイカ刺身はない。でもたまにストックをこっそり出してくれる。ありがとう、おばちゃん。
数年前、徒歩一分圏内にチェーン店が来た。280円均一のアレ。悪玉襲来。それを聞いたおばちゃん曰く「それで人通りが増えりゃいいじゃない」。さすが善玉、格好いい。結果、客数に変化ナシ。いや、最近前より混んでるような……。この勝負、おばちゃんに白星。
空手チョップで戦後の鬱憤を晴らした力道山時代から、外国人レスラーは悪玉。その図式を覆したのが、ドリー兄とテリー弟のザ・ファンクスfromテキサス。悪玉にフォークで血まみれにされながらも闘う姿は善玉の鑑。大人気。リングサイドにチアガール。ロックバンドは必殺技を曲名にし、それがいつしか入場曲に。
そのバンドがクリエイション。翌年には「パート2」も完成。このベースとドラムが凄まじい。スピード感とキレが数段アップして、イントロから一気に興奮させる。収録アルバムは『スーパー・ロック』(’78)。こっちが入場曲ならば、と思う珠玉の演奏。
【スピニング・トー・ホールドNo2/クリエイション】
追記:七月三日、クリエイションのドラマーだった樋口晶之氏が、六十三歳の若さで急逝されました。サポートメンバーとして参加されていたザ・ゴールデン・カップスにインタビューをさせて頂いた際、大変お世話になりました。謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。
私が初めて触れたクリエイションの楽曲は、文中にあるようにプロレスの名タッグチーム、ザ・ファンクスの入場曲「スピニング・トー・ホールド」です。カセットテープが擦り切れるほど聴きました。旋律はもちろんですが、キレのいいハイハットが耳に残る、インストゥルメンタルの名曲です。
また日本人ロックバンドとして初めて(!)武道館公演を行ったクリエイションには、「ロンリー・ハート(Lonely Hearts)」(‘81)という大ヒット曲があります。或る世代の人はカラオケで歌ったりもするでしょう。メンバーの出入りの激しいバンドでしたが、その曲でドラムを叩いていたのも樋口氏です。(ちなみにヴォーカルは、ザ・ゴールデン・カップスでドラムを担当していた経験もある故アイ・高野氏)
インタビューの際は、一番最後にお話を伺うこととなりました。他のメンバーの方々がリハーサルの準備を始め、時間があまり取れない中、大変にこやかに接して頂いたことが強く印象に残っています。憧れていたバンドの中でプレイをする、というサポートメンバーならではのお話しも大変興味深かったです。その後、短い時間でしたが至近距離でリハーサルを見学・体感させて頂いたことと併せ、とても刺激的な時間でした。
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月10日掲載です。
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