連載文芸評論 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像Ⅱ)(第07回)をアップしましたぁ。『漱石論』は『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『正岡子規論』、『森鷗外論』といっしょに今春金魚屋から三冊同時刊行されます。今回は『第Ⅱ章 漱石小伝』より『小説家デビュー ―― 「ホトトギス」の作家』です。
漱石が『吾輩は猫である』で正岡子規主筆・高濱虚子刊行の俳誌『ホトトギス』で小説家デビューしたことはよく知られています。鶴山さんは『イギリス留学前から漱石の文学関係の交遊は、ほぼ子規周辺に限られていた。というか小説を書く前の漱石は、文学的には子規派の群小俳人の一人に過ぎなかった』と書いておられます。ただ子規文学と漱石文学の関係については、今に至るまで決定的な評論が書かれていません。
子規の写生理論は極限まで自我意識を縮退させて、複雑なら複雑なまま、単純なら単純なまま世界を切り取るように表現する方法だった。漱石はこの方法を援用して『猫』を書いた。猫は人間世界の埒外にまでその存在格が縮退した観察者である。また漱石が虚子の朗読を聞きながら「しばしば噴き出して笑つた」のは、漱石の自我意識と作品の間に隔たりがあったことを示している。
『猫』は逆転的な発想から偶然に生み出された作品である。漱石は英文学研究や近親者との関係で神経衰弱に陥るほどの悩みを抱えていた。が、このような苦悩は視点を変えてみれば実に滑稽なのである。漱石は苦悩の極みでフッと自我意識を相対化して捉え、『猫』でそれを戯画化して描いた。その意味で『猫』はたまさか生まれた作品である。しかし漱石は『猫』を書いた後で写生文小説の可能性に気付いた。
(鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』)
評伝篇ですからざっくりとした概論ですが、鶴山さんの評論は、子規文学と漱石文学の方法論的共通点を明確にしています。それは漱石文学だけでなく、現在に至るまで俳句の基盤である〝写生〟を理論付ける初めての考察でしょうね。じっくりお楽しみください。
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