一.クレイジーキャッツ
行間、というのは難しい。読もうと勢いこんでもダメ。追っ掛けたって逃げやしない。ずっとそこにいる。いるけれど見えない。見えないけど……と堂々巡り。スタミナのような「実体なき謎の概念」かと疑ったが、そうではない、らしい。振り返れば、行間を感じた経験は確かにある。考えるほど難しい。
行と行の間は苦手だけど、呑み屋と呑み屋の間は大好物。十中八九、前の店から想いを巡らしてる。次はどこ行こう、なんて一番手軽な肴。何杯でもいけそう。まあ、要するにハシゴ酒のプラン。悪巧み。
交通手段は徒歩。足を使うのが一番。電車やバスだと流れが途切れちゃう。ひどい時にはリセットだ。だから徒歩。自分の歩幅で行きましょう。
別に風流な人間じゃないが、景色がいいに越したことはない。例えば浅草橋。両国から隅田川を渡ってくるのがいい。国技館、スカイツリーに屋形船。主役を張れる大物が揃ってる。お目当ての店は四時半開店。その前に蕎麦を入れとこう。
この界隈は個人的に蕎麦激戦区。今日の気分は高架下の「H」、正真正銘・椅子ナシの立ち食い。一年中、プラス十円で冷やしにしてくれる。呑む前なのでシンプルに「冷やがけ」。濃いめの汁が旨い。そうそう、いつぞや隣で立ち食いしてたのは、部活帰りの女子中学生だった。なかなかレアな経験。
さあ、四時半。行かないと。目当ての店は「N」。やきとん、の四文字が店名に付く。入ってすぐが立ち呑みカウンター、奥がテーブル。私は専ら立ち専門。まずは大瓶。開店後まもなくは、まだ店員さんが準備の途中。そのバタバタ感がいい。雑然としたカウンター周りもいい。雑多に並ぶ各種調味料もいい。いや、何より味がいい。
串が始まる前は「皿もの」から。皿ナンコツにシチュー。マカロニサラダも……と欲張りたいけど、次があるから。いや、その前に串があるから。塩/タレ、どうしよう。そういえば「味ナシ」って頼んでた客がいた。蕎麦の一口目は汁つけず、みたいなノリなのか。通なのか。私は遠慮しとこう。
店を出て向かうのは神田。浅草橋と秋葉原の間の高架沿いをテクテク。古い雑居ビルもさることながら、高架下の倉庫や店舗・住宅が何とも味わい深い。ただ耐震補強工事の為、続々解体中。
夕暮れ時、ここを歩くと頭に流れるのはクレイジーキャッツ。ドリフではなくクレイジー。今聴いても古くない、とは言わないが、今聴いても非常にスタイリッシュ。「ハイそれまでョ」の展開の妙、「ホンダラ行進曲」のヤケクソ感、そして「学生節」のメッセージ。演劇性の濃さも相まって、とても輪郭がはっきりしてる。曲が変わる度、ちゃんと風景が変わります。
ベスト盤が各種出ているが、マニアックな物よりオーソドックスな方が即効性あり。
【学生節/ ハナ肇とクレイジーキャッツ】
https://youtu.be/RTj2N64GMmM
二.ソニック・ユース
昭和通りに当たった途端、一気に人が増える。さすがアキバ。老若男女・多国籍でごった返す。人並みに人混みは苦手なので、人波から外れつつ神田まで。実はまだ、どこに行こうか思案中。寄りたい店が多すぎる。本当、罪な街。
気付けばずっと座ってない。ここらで足を休めなきゃ、明日明後日に響いちゃう。浮かんだのは、高架下の大衆酒場「O」。覗いてみる。もちろん満員。こんな時、以前なら隣の大衆酒場「M」に流れたんだけど、閉まっちゃったしなぁ。まあ、そこは大箱の強みで、入っちゃえば何とかなる。ほら、何とかなった。長机に一人客同士が向かい合って相席。店内は客の話し声、笑い声が反響し合って、お寺の鐘に頭突っ込んだみたい。このノイズが大箱の醍醐味。普段なら窮屈な相席も気にならない。まずは酎ハイとアラ煮……ない? じゃあカマ焼きもない……あるの? やはり世の中よく分からない。それを言ったら、人波避けて満員のお店に入った私もよく分からない。
他にも数軒、一杯ずつ寄りながら、次の目的地・神保町までテクテク。さっきの大箱ノイズが呼び水になり、脳内BGMはソニック・ユースの名作「デイドリーム・ネイション」。70分間飽きさせない、適材適所のノイズ。映画のサントラのようでもある。たまらないのは、音の輪郭が溶けだす瞬間。結末を知っているのに、毎回新鮮に響く。
【Silver Rocket / Sonic Youth】
三.アート・ガーファンクル
靖国通りの脇道をチョコチョコしながら、駿河台下の交差点へ。すずらん通りに入れば、天ぷら、餃子に洋食、蕎麦。裏手に回ればナポリタン。目移りしながら歩いてみたが、今夜はもう腹八分。やっぱりへヴィーなモノは無理。突き当たった白山通りで思案中。
閃いたのは、海鮮立ち呑みの「B」。左に直進、数メートル。混んでいたが、何とかスペースを空けてもらう。酒はセルフの自己申告制。「お酒、一合いただきました」。魚屋風のとっ散らかった店内で、焼きたてのハマグリとホンビノス貝。そりゃあ旨い。敷かれた塩を舐めながら、「もう一合いただきますね」。え、シャコあるの? もちろんお願いします。ほら、魚貝は別腹。
さて、そろそろ帰らないと明日はすぐそこだ。地下鉄の入口もすぐそこだけど、このまま乗るのは不健康。何駅分か歩かなきゃ。少々お腹をこなし、ついでに心も鎮めたい。
そこでアート・ガーファンクル、還暦時のアルバム「心の散歩道」。共同制作者は二人のシンガー、バディ・マンドロックとマイア・シャープ。
彼のハイ・テナー・ヴォイスの煌めきはもちろん、三人コーラスの揺らいで滲む音の輪郭が気持ちいい。例えば「かえるの合唱」の輪唱みたく、旋律を見失うあの感じ。もちろん、もっと繊細でもっと美しい音色だけれど。
【Young And Free / Art Garfunkel】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月10日掲載です。
■ ハナ肇とクレイジーキャッツのアルバム ■
■ ソニック・ユースのアルバム ■
■ アート・ガーファンクルのアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■