一.真島昌利
さあ、朝から呑む。何時にしよう。11時? そりゃ昼だ。ダメ。10時も却下。デパートじゃあるまいし。ここはやっぱり一桁、9時からにしましょう。
若い頃、朝9時に呑んでたら、それは四、五軒目。ベロベロ。でも今は違う。これから一軒目。平日の満員電車に乗れるくらい健康。起きたてだから意識明瞭、周囲の会話もよく聞こえる。後ろに立ってる女性二人は、なかなか曲名が思い出せない。
「ほら、マッチさんの曲で、フラメンコっぽいヤツ」
「うん、待って。絶対思い出せるから」
答えは分かったが、突然教えたら不審者だ。ぐっと堪えて池袋で下車。正解を口ずさみながら、北口を出てすぐの居酒屋「D」へ。食券買って、卓番号を記入して、券置き場に置いてからカウンターに着席。24時間営業だから客層も様々。今朝は平和。本日、私の口開けは200円の酎ハイで。
では正解発表。「マッチさん」こと近藤真彦の「アンダルシアに憧れて」ですね。これは「マーシー」こと真島昌利のカヴァー。当時ブルーハーツのギタリストだった彼のソロデビュー・シングルだ。
同曲を収録したマーシーの1stソロアルバム「夏のぬけがら」(’89)は、私にとって問題作。ひどく困惑した。バンドで彼がヴォーカルを取る名曲「チェインギャング」、あのヒリヒリした感触がほぼ見当たらない。代わりに漂っていたのは、彼の淡いロマンチシズム。中学生には、ちと早かった。
成長か老化か、今聴くとヒリヒリが嗅ぎ取れる。柔らかでフォーキーなサウンドと、ざらついた彼の声の不均衡は、朝9時から呑みだす酒に合う。
【夏が来て僕等/真島昌利】
二.スティーブ・クロッパー
呑み屋にないと困るのは勿論、酒。あると困るのは妙なお通し。あってもなくても構わないのはBGM。あるならば音は小さめ、歌詞があると気が散るのでインストがベター。Jポップの和楽器アレンジもそんなにイヤじゃない。
ベンチャーズに始まり、スタッフ、スカパラ、ソウライブ。忘れちゃいけないJB’s……、と元々インスト系は好き。そんな中でも別格はブッカー・T&ザ・MG’s。タイトなリズムと弾けまくるオルガンは、とにかく粋。そして、ギタリストのスティーブ・クロッパーは正に職人。
エフェクターはほぼ使わず、アンプのセッティングも変えず、どんな楽器でも自分の音になると語る――。うん、頑固。
聴こえてくる音は、抜群のタイム感から繰り出すカッティング、主旋律をフォローするシンプルだけど耳に残るフレーズ――。うん、腕利き。
そんな彼の1stソロアルバム「With a Little Help from My Friends」(’69)は当然歌ナシ。自分の名前が看板だけに、頑固職人も一歩、いや二歩三歩と前に出る。なので印象は幾分華やか。ただ、それもMG’sに較べれば、という話。きっと「渋い」と褒められたり「地味だ」と貶されたり……。いや、勝手な当て推量、横文字ならguessworkです。そう、下衆の勘繰り。
私の感覚だと、MG’sも彼のソロも「上品」。高貴というよりは清潔。手練れにならず、どこか初々しい。喩えるなら白い厨房着。
あの白に出逢うのは嬉しい。寿司屋や天麩羅屋ではなく呑み屋、出来れば椅子ナシがいい。いい肴、ありそうだもの。で、そんな予想は結構当たっちゃう。で、通っちゃう。
中野駅北口の迷路めいた路地にある、立ち飲み「T」はそんな一軒。スッポン、トラフグ、アナゴにナマコ。調理する板長は勿論白い厨房着。丁寧な仕事ぶりに、椅子は無いけど長っ尻。
【Funky Broadway/Steve Cropper】
三.キース・リチャーズ
白とくれば次は「黒」。でも、人によっては「赤」らしい。本当、人生色々だ。
黒い店といっても、内装外装照明とは違う。雰囲気の話。イカ料理が有名な荻窪の立ち飲み「Y」。あの有名店は今の場所に移転する前、怖かった。とにかく静か。ただの静寂ならいいけどそうじゃない。緊張感に満ちている。たまに聞こえるのは、客の注文を復唱するオジサンとオバサンの声。若輩の私は、その余韻が消えぬ間に便乗注文。イカを肴にコバンザメ。ああ、情けない。談笑している客がいるとヒヤッとしたり、年齢のせいか本当に怖かった。
でも、また行っちゃう。理由は簡単、魅力があるから。あの黒い雰囲気の中、背筋を伸ばして呑むのは快適だった。そう、黒は黒でも濁りきったドス黒いのとは違う。あれは美しい艶のある漆黒。
ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズのソロ2作目「Main Offender」(’92)はジャケットからして黒い。音楽で黒、といえばブルース、ソウル、ファンク、ヒップホップ等。ただ、このアルバムに詰まった黒はちょっと違う。ジャンルではなく音。音色が黒い。
まず楽器の音も、彼の歌声も殺伐としてる。何かを拒絶するように愛想のない、媚態とは正反対の佇まい。ジャムセッションみたく間延びもするし、凝ったイントロも用意しない。気に入らねえなら帰んなよ。そんな風に響く黒。ただまあ、そこは惚れた弱み。最後の曲まで帰らない。いや、帰れない。
途中何曲か、ふっと力が抜け漆黒が消炭色になる。それがとてもいい。そこだけ摘まんで聴くような野暮……、実はたまにしちゃう。まだまだひよっこ、若輩です。
【Hate It When You Leave / Keith Richards】
寅間心閑
■ 真島昌利のアルバム ■
■ スティーブ・クロッパーのアルバム ■
■ キース・リチャーズのアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■