世界(異界)を創造する作家、遠藤徹さんの連載小説『贄の王』(第06回)をアップしましたぁ。今回は遊斉と深翳の章です。前回の嘉果にとっての愉戒耶と同じように、遊斉にとって深翳は運命の女(ファム・ファタール)です。嘉果は身体の自由を奪われてしまった愉戒耶を愛するのですが、遊斉はふと現れ唐突にいなくなってしまった深翳を愛する。両者とも喪失(とその回復)が作品の大きなテーマになっていることがわかります。
ただ嘉果が喪失/回復を実現するために生け贄とならねばならぬように、遊斉もまたなんらかの通過儀礼を経なければならないやうです。「「南へ行け」/幾重にも反響する、そんな声が聞こえたからだ。どこから? 声が聞こえてきた場所に思いをはせて、遊斉は恐慌に陥りそうになった。なぜなら、その声は明らかに自分の内側から響いていたからだ。/己の頭の中から。/何者かが自分の中に入り込んだのだ」とあります。『贄の王』の主要登場人物たちは、小さな自我意識を超えた何者かに操られている、あるいは導かれているのです。
『贄の王』は一種の怪奇・ホラー小説の体裁を取っていますが、次々に起こる奇怪な現象は、あまり論理的な一貫性がありません。それは起こるべくして起こる。そしてそれを統御する〝原理〟のやうなものへと作品は収斂してゆくようです。
現代では人間(小説の読者を含む)はフィクションに対して敏感になっています。よくできた嘘(フィクション)を楽しみこそすれ、それを信じたり、その世界に完全に巻き込まれてしまうといふことはない。『贄の王』はフィクショナルな作品ですが、その世界の中で起こっていることは、実はフィクションより現実世界に近いのではなひかといふ気がします。その意味でもこれは新しい怪奇・ホラー小説の試みでせうね。
■ 遠藤徹 連載小説 『贄の王』(第06回) テキスト版 ■