萩野篤人 文芸誌批評 No.019 鳥山まこと「時の家」(群像2025年8月号)、連載評論『九鬼周造と「偶然性」をめぐって』(第05回)をアップしましたぁ。
鳥山まことさんの「時の家」は第174回芥川賞の受賞作です。建築士でもある作者ならではというべき着想で、この小説の主人公は登場人物たちではなく「家」そのものです。制度としての「家」ではなく、ハウスとしての建物が主人公。三人称の語りでありながらところどころ「家」が一人称で語っているようにしか読めない場面があって、おもしろい。「家」はじっさい生きモノのように呼吸し、体温を持ち、住んだ人びとの記憶を沁みこませながら時を刻んでいく。ユニークな着想だとは思います。
ただ批評のポイントは「時」の描き方で、過去と現在が等価に溶け合ってしまう「家」の内部世界は、読み手をある種の安らぎの中に誘う反面、「時」が本来持っている取り返しのつかない暴力性、「存在の差分」とでも呼ぶべき問いを柔らかく包んでしまいかねない、という踏み込んだ指摘になっています。石井桃子の「ノンちゃん雲に乗る」の一節との比較が鮮やかです。
連載評論『九鬼周造と「偶然性」をめぐって』の第05回は〝邂逅(出逢い)〟がテーマです。九鬼は偶然性の核心を「独立なる二元の邂逅」と呼んでいます。ここでの「汝」は他人ではなく「我の内なる汝」でもある――「じぶん」という存在が成立したその瞬間から、すでに内側に他者を抱え込んでいるということです。
遠藤周作のロンドンでの奇縁の話や筆者自身の忘れられない体験も織り交ぜながら、〝邂逅〟の具体的な姿が浮かび上がってきます。後半はことばと音楽の話になり、九鬼が日本語の本質を「憑音文字」という概念で語るあたり、哲学者というより文人としての九鬼の素顔が見えてきます。端唄・小唄を聴いて三人で涙した京都の夜のエピソードも印象的でした。
■萩野篤人 文芸誌批評 No.019 鳥山まこと「時の家」(群像2025年8月号)■
■萩野篤人 連載評論『九鬼周造と「偶然性」をめぐって』(第05回)縦書版■
■萩野篤人 連載評論『九鬼周造と「偶然性」をめぐって』(第05回)横書版■
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