No.027【対話 日本の詩の原理】『「凶区」と鈴木志郎康の時代』(二 全二回)池上晴之×鶴山裕司 をアップしましたぁ。前回(一回目)では「凶区」の詩史的意義と渡辺武信、天沢退二郎、菅谷規矩雄さんの詩が論じられましたが、今回はいよいよ鈴木志郎康篇、そして戦後詩と現代詩の構造を図示しながら論じる、密度の濃い対話となっています。
まず鶴山さんが「戦後詩の構造」と「現代詩の構造」をメモに描き起こした【図01】【図02】を示しながら、両者の根本的な違いを解説するくだりが圧巻です。戦後詩は研ぎ澄まされた作家主体の意識が現実と直接対峙して生まれる演繹的表現、現代詩は言語世界=現実界として作家主体が表面から消え去るほど作品強度が増す帰納的表現――「戦後詩と現代詩はポジとネガの関係にある」という言葉は、長年漠然と使われてきたこの二つの概念を鮮やかに整理してみせた、すぐれた詩論としての白眉だと思います。
天沢退二郎の譚詩をめぐる論考も読みごたえがあります。ブランショのレシ理論を援用しながらも「どこまで行っても作家の自我意識界で単調な世界になる」と明言し、入沢康夫の現代詩との本質的な違いを炙り出す。入沢詩では言語世界のなかで事件が起こるが、天沢詩では起こらない――その理由を原理的に解明したのは、おそらくこの対話が初めてではないでしょうか。「凶区」詩人についてこれほど正面から、かつ具体的な詩の読解を踏まえて論じた評論は「意外なほど少ない」と前回も書きましたが、今回の鈴木志郎康論はとりわけそう言えます。
鈴木志郎康の詩を論じる後半部は圧倒的です。池上さんが「日本語の中に潜んでいるポリネシア系の言語が現れた」と評した初期の「口辺筋肉感覚説による抒情的作品抄」から、プアプア詩の代表作「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」「美しいポーズとして最後に私小説的プアプアは死聳え立つ」へと丁寧に読み解かれていきます。鶴山さんはプアプア詩を「私小説」として読むべきだと言い、EKOさんとの結婚生活の破綻というテーマに正面から向き合いながら、各作品を徹底的に解読してみせます。これは「凶区」研究であると同時に、戦後日本の「極私」という概念の起源をめぐる、画期的な詩論です。
「極私的」という言葉を初めて使ったのは鈴木志郎康だと池上さんが指摘なさっています。今では山下達郎さんがラジオで「極私的・坂本龍一特集」などと使っていて広く流通していますね。山下さんや坂本龍一さんが活躍した一九七〇年代後半から八〇年代は、ちょうど鈴木さんがプアプア詩の極私(詩)から私(詩)へと移行してゆく時期に重なります。ロックやポップ・ミュージックの世界でも、大きなイデオロギーや社会変革の夢が退潮し、個の内面や日常をこまやかに歌うスタイルが定着していった。詩とロックは別々に見えてじつは同じ時代の水脈を泳いでいたのかもしれません。
前衛俳人の摂津幸彦さんが昭和六十年(一九八五年)に「国家よりワタクシ大事さくらんぼ」の句を詠み、俵万智さんの『サラダ記念日』、穂村弘さんの『シンジケート』へと続く極私(詩)の流れを鶴山さんが指摘されていますが、その源泉に鈴木志郎康がいる、という視点は目から鱗でした。詩の世界のメインストリームが実は一人の詩人の詩風から発しているとしたら、詩人の皆さんはもっと鈴木さんの仕事に向き合ってよいのではないでしょうか。
池上さんが対話の末尾で、プアプア詩のトーンが鮎川信夫の「橋上の人」に似ていると指摘なさり、「「荒地」派の戦後詩がなければプアプア詩も生まれなかったような気がしてきた」とおっしゃっています。これで「日本の詩の原理」対話の大きな弧がひとつ閉じた感じがします。次回も乞うご期待です。
■No.027【対話 日本の詩の原理】『「凶区」と鈴木志郎康の時代』(二 全二回)池上晴之×鶴山裕司【V】 縦書版■
■No.027【対話 日本の詩の原理】『「凶区」と鈴木志郎康の時代』(二 全二回)池上晴之×鶴山裕司【V】 横書版■
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■


