小松剛生さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『切れ端に書く』(第01回)をアップしましたぁ。テンポのいい飄々とした文体です。現代は世界大戦などの大きな出来事が起こったわけでもないのに、様々な既存のシステムが疲弊してなんらかの変革を余儀なくされ、多くの既存価値規範が崩壊し始めている時代です。このような時代には、作家は考え抜いた上で何事かを発表するか、表現の最小単位である〝私〟を信じて一から何事かを構築し始める他に道はありません。小松さんは後者のタイプの作家だと言えます。
ただ〝私〟の取り扱いには細心の注意が必要です。小松さんは、『今のうちに言っておく。この文章には「僕」が山ほど出てくる。・・・僕は僕のことしか書けないし、人は他人のことに興味をもたない。もしあるとすればそれは「自分が意識する他人」であって、それ以外のことはたいていが見過ごされている。・・・もし君がこの文章に少しでも興味をもってしまったのなら、少しでも痛みや、それ以外の何かを感じてしまったり、何かしらの切り口を見つけてしまったのなら、それはこの物語が君自身に関連しているという証拠だ』と書いておられます。小松さんの私性は社会の中の私であり、作家によって相対化されているということです。それが小松さんの文体を軽くし、一種独特のユーモアを生んでいます。
現代はまたヴィジュアル時代でもあります。子供の頃からヴィジュアル情操教育を受け、教科書にも沢山のカラー図版が掲載されています。本を読まなければ絶対に知性は身につかないと言い張る人はもはや少ないでしょうね。しかしヴィジュアル時代だからこそ、文字情報でしか獲得できず、表現できない知性がはっきりし始めている面もあります。
小松さんの作品は通常の意味でヴィジュアルを想起するものではありません。主人公が暮らす空間はもちろん、他者との交流も内面化されています。しかし目で捉えるヴィジュアルとは質の異なる像(ヴィジョン)をはっきりと感じ取れる作品です。この感覚は新しい。新しいタイプの小説を生み出すことができる作家の出現を予感します。『切れ端に書く』連載は来月から13日にアップします。
■ 小松剛生 連載小説『切れ端に書く』(第01回) pdf 版 ■
■ 小松剛生 連載小説『切れ端に書く』(第01回) テキスト版 ■