早稲田文学新人賞の過去の振り返りが行われている。早稲田文学新人賞から最高齢で芥川賞を受賞した黒田夏子のインタビューも。
新人賞については、各誌のものがいろいろあるわけだが、この特集をつらつら眺めるにつけても、早稲田文学にかぎらず時代の節目に来ていることがよくわかる。
賞というものはかつては「権威付け」のツールであったわけなのだが、権威付けする組織そのものの権威が疑われ、相対化されるという状況では、「生き残り」のツールとなる。その状況下であれば、かつて権威であった組織が統べるとする業界そのものの低迷は明白なので、賞によって向こう5年なり、10年なりの生存を認可するチケットが発行されるとしてよい。それが新たな業界ルールであり、ならば各賞それぞれ年一回決まる、といったことも暴挙とは言えなくなる。
新人賞については「権威の入口」に立つということで、権威付けられることを繰り返して権威そのものになろうという業界インサイダーの事情がはたらくにすぎない他の賞よりも、一般に注目され、祝福されるものであった。隣りのだれそれちゃんが目指しているとか、最終選考に残ったとかいった親しみやすさもあるだろう。
では、その新人賞は今、どのようになっているかというと、権威があやしいのだから、その入口に立つことは不可能で、一種のコミュニケーション・ツールとなっている、というのが正しい。
新人賞をもらうことで、以前なら「権威の入口」に立ったと見なされて、5年、10年ではないにせよ、2、3年分の生存チケットはその当然の副賞として付いてきたものだったが、今はない。新人賞受賞後第一作が掲載されないということもしばしばあって、それはもっぱら「受賞者が受賞作の一作だけで満足してしまった」ふうに処理され(というか、話題にものぼらない)るが、もちろんそんなことはない。
文学の賞全般がいかに権威と利得を失ったにせよ、そして作品のレベルも下がったにせよ、その受賞がそう簡単になったわけではない。全体のレベルが下がれば、選考に別の要件がはたらいて、レベルの高い書き手がそのレベルだけでは評価されなくなる、ということもある。そんな厄介な選考を乗り越えて受賞を果たした受賞者が、受賞後第一作を出さない、などということがあるわけがない。気負い込んで書くであろう受賞後第一作を、足りないところを補わせつつ、何としても掲載してやろうという意欲や体力を、新人賞を与えた側が失っているだけのことだ。しかし受賞者は、半径5メートル以内の知人や家族からは「権威の入口」に立ったと、昔ながらに見なされ、祝福されているのだ。なんという罪作りなことか。
しかし黒田夏子のインタビューを読むと、だれかを責めてどうなるという状況では、すでにないことも明白だ。横書きにするか、断章にするか、「職人的」な手の入れ方うんぬん、といったことは、「書くこと」には付き物で、わざわざ社会に向けて語ることではなかった。芥川賞がほとんど唯一、テレビのニュースで報じられるのは、それが社会現象になり得るからなのだが。推した選考委員も受賞者も後期高齢者でありながら社会的視野を完全に欠落させているという、この若さ、幼さこそが高齢化社会を象徴している、ということか。
谷輪洋一
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■