一.樋口康雄
声高に宣言するつもりはないけれど、インorアウト、の二択なら間違いなくインドア派。体育の授業は毎度かったるかったし、中学の時の部活対抗リレーは腹が痛いフリをしてサボった。標高599m、初心者向けの高尾山ではケーブルカーに乗りたがり、職場の引っ越しの際はちゃっかり指示役に。もはや単なる面倒くさがりだが、ここはひとつ、インドアってことで。
ただ酒に関しては少し違う。家の中でひとりっきり、では呑まない。呑みたくなったら外に出る。ここだけ何故かアウトドア派。昔からそう。馴染みの店に行き、知った顔がいれば話すし、いなければ黙々とチビチビ。少しゆるめの独り呑み。家の中で呑まないので、究極の独り呑みは散歩がてら。スーパー、コンビニ、酒屋で調達し、のんびり歩きながら密かに乾杯。心持ちスピードを落とし、近所を小一時間。頭を空っぽにしたり、考えごとをしたり、何ならこの原稿のアイデアをまとめたり、店で呑むのと変わらない。移動式角打ち。知った顔と出くわせば話すし、それもなければ黙々とチビチビ。普遍的というか原始的。
最近の散歩の友はアルコール分3.5%の「低アルビール」。昔から薄いビールが好きなので、1%未満のものを愛飲していたが、小一時間の散歩型だと正直少し物足りない。3.5%、ちょうどいい。CMのキャッチコピーは「時を忘れて飲むんじゃない」。何だか歯切れが悪いが、言いたいことは分かる。時間、忘れがちになるよねえ。個人的に最大の利点は、生ぬるくなっても味が落ちないこと。さあ、軽く出かけて来ようかな。
自覚的に音楽を聴き始めて少し経つと、いわゆる「名盤」に触れるようになる。60~80年代の洋楽。即ちロック、R &B、パンク、ニューウェーブ等々。無論リアルタイムではない、昔の音楽。まだ未熟な耳だったので、すべての栄養素を摂取することはなかったが、豊かなものであることは理解できた。次の段階は邦楽の「名盤」。ロック、フォーク、ニューミュージック、パンク等々。その時は言語化できなかったが、感じていたことがひとつ。同じ「昔の音楽」なのに、なぜ洋楽は「あまり古臭くない」のか。今なら少し分かる。言葉の問題はきっと大きい。歌詞が理解できる、という距離の近さは色々なものを見せてくれる。言い換えれば、洋楽は遠い。栄養素を摂取する方法が、邦楽とはきっと違う。もちろん良い/悪いとは別次元。言語化できないなりに、そんなことをぼんやり考えていた。
そんな折、一枚のアルバムと出会う。樋口康雄、通称ピコのデビュー盤『ABC/ピコ ファースト』(‘72)。これは古臭くなかった。かといって、洋楽「のように」聴いた訳でもない。当時の感覚としては、リアルタイムの邦楽と変わらないな、という感じ。つまり時代性が希薄。初めて聴くものは全て新譜、という原始的な感覚をきっちり体現できた。
今聴いても興味深いのは、アップテンポな楽曲ほど、インドアな繊細さが際立つところ。そのヒントはピコ、ではなく作・編曲家:樋口康雄としての充実したワークにある。お勧めは『樋口康雄 CM WORKS ON・アソシエイツ・イヤーズ』(‘07)。繊細かつ濃密な小曲が果てなく続く。
【 I LOVE YOU / PICO 】
二.ザ・ゾンビーズ
例えばアトラクションズを従えた初期のコステロのように、ラフなプレイなのに熱気が内向き、もしくはどこか淡々としたムードを感じ取れるバンドは魅力的。ELOの前身ザ・ムーヴやXTCも同じく、「コンボ」「室内楽」と呼びたくなる。「ふたりのシーズン」(‘68)などのヒット(但し解散後)で知られるゾンビーズもその系譜。いや、61年結成なので「走り」かもしれない。彼らの魅力を味わうなら「赤盤」「青盤」に分かれたベスト盤が贅沢。三分未満の小曲がぎっしり。どの曲もどこかしら似ている金太郎飴的幸福。
とりあえず、で行くことの多いチェーン店居酒屋「H」。立ち飲みなら安価で大瓶が呑めるので、角打ち代わりによく立ち寄る。先日、「S」という系列店があると聞き、早速上野まで。駅を出て数分。まず発見したのは本家「H」。近くにあるのか、と驚きつつ通りを曲がると、また「H」。二軒目? と驚きつつ近付くと、お目当ての「S」。外観、似ている。入店してメニューを見ると、あれ……似ている。そして立ち飲みなら安価で大瓶が……呑める。そう、結果かなり似ていた。別にがっかりすることはない。こんな類似案件なら大歓迎。アルコール版・金太郎飴的幸福。
【Walking In The Sun / The Zombies 】
三.ジ・アップルズ・イン・ステレオ
箱がひとつ、あったとするなら、その中から外界に向けて放たれるのがアウトドア感の強い楽曲。インドア感はその逆。箱の中に楽曲を閉じ込めるイメージ。緻密であれば、精巧であれば小さな世界が、もしくは宇宙ができる。正に箱庭的芸術。
思い浮かぶのは米国産のバンド、ジ・アップルズ・イン・ステレオ。甘すぎるとむせ返るように、彼等の濃密な楽曲は「いいねえ、これ」だけでは済まない。未知の副作用がありそうな、不穏で不気味なサムシングが耳のどこかに引っかかる。
老舗の餃子屋、高円寺の『A』は中で呑める。酒は瓶ビール、肴は餃子(注文は二人前~)のみ、カウンターは五席のみ、呑めるのは夜の数時間のみ、と諸々制限はあるが、それ故にムードは濃密。上記の理由から、なかなかチャンスは少ないけれど、入ったら話し好きの御主人との楽しい時間が待っている。しかし、そんな『A』が昨年で閉店したという。マジかよ、とがっかりしたのも束の間、場所を変えて再開するという話も聞こえてきた。なので、通常閉じたお店の名前はオープンにするが、今回はイニシャル。
好きな店や贔屓の店の閉業が、ここ数年続いている。是非また御主人と話せますように。
【 Same Old Drag / The Apples in stereo 】
寅間心閑
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