一.塚本功
昔から新幹線は苦手だった。ランドセルの頃、田舎からの帰路、ひとり新幹線に乗せられ、ホームには見送りの親族たち。きっとこの後みんなで楽しく食事でもするんだろう――。そんな疑念、そして羨ましさを胸いっぱいに抱え、恨めしげな顔で力なく手を振り返していた。あれ以来、という訳ではないが、遠出する時は飛行機を使う。何より速い。時間がかからない。いや、もちろん「空港まで結構あるよね」とか「空港着いてからが長いじゃん」という御意見を否定はしない。仰るとおりで御座います。正確に言えば、嫌なのは「着席時間」が長いこと。しかも個人的な経験から、新幹線は客のマナーがちょいとばかし気にかかる。そんなに席倒さんでも、とか、あんた方の会話は聞きたくないのよ、とか、この手すり私のじゃないかしらん、とか。それに比べて飛行機は皆さんわりかしお行儀がいい。
そして先日、十数年ぶりで新幹線に乗ることに。座席は最前列の通路側、という防御策が功を奏したのか、何とか無事到着。気付けば敵は睡魔のみ。
宿を決めない状態でフラフラするのも十数年ぶり。いや、もっとか。一昨年、築城四百年を迎えた福山城を眺めつつ、左手に缶ビール、右手にスマホ、宿泊料金比較サイトでセレクトし、十分後にはチェックイン。便利やねえ、と呟きながら身軽な格好で見知らぬ街をフラフラと。日が暮れて戻ってきたら、地元出身の立ち飲み屋店主から教わった創業七十余年の大衆酒場「J」へ直行。ギリギリセーフでカドの席に入れてもらい、明るい熱気の中、大瓶で旅の疲れを落とす。料理はどれも美味しそうだけど、美味しく食べられる量には限度がある。厳正なる審査を経て、店名を冠した揚げ物をチョイス。たっぷりのタルタル付き、ということは海老。なるほど、これは美味い。数多ある店舗から此方をチョイスしてくれた店主に乾杯。
昔は旅に小さなスピーカーを持っていき、ホテルで好きな音楽を聴いていた。いつしかしなくなったのは、呑んで帰ってバタンキューだからかもしれない。旅先でフラフラしている時には音楽は聴かず、その場の音に耳を澄ます。一番の好物は人々の話し声。普段も好きではあるけれど、旅先のものは意味が違う。やはりその土地の言葉、訛りは何処であろうと美しく、老若男女問わず興味深い。今回は新幹線対策のために音楽を用意した。ネタンダーズなど自分のバンド以外でも、セッション等で耳にすることが多いギタリスト、塚本功のファーストソロ『Electric Spanish 175』(’02)。エレキギター一本のみのインストアルバムだが、物足りなさは皆無。特にイヤホンで聴くと「無音」の圧に痺れてしまう。
【アヴェ・マリア / 塚本功】
二.マノ・ネグラ
どうやら旅先で自由を満喫し過ぎたらしく、帰りは新幹線のシートに座り続けるのが嫌になってしまった。最前列の通路側でもダメ。なので途中、新大阪にて下車。いつも梅田界隈から酔い覚まし/腹ごなしで歩きながら、絶対楽しそうと気になっていた天満へ。リミット付きだったので、四、五軒しか立ち寄れなかったが、どこも雰囲気抜群。旅先でケチくさいことは言いたくないけど、大瓶三百円代が続くと気も大きくなる。中でも立ち飲み「G」は肴もムードもばっちり好み。新幹線、下りてよかった。日が高いうちから、助子の煮付けで呑んでたらバチ当たるよな、まあ当たってもいいかとだらしなく。
見知らぬ街で初めての店に入り、平気な顔してその場に溶け込もうとしている時、「自由」とか「適当」とか「自棄」とかその辺りの感覚が内側にはびちゃびちゃと溢れている。バンドでいうとスカパラやポーグスが大音量でかかっている感じ。ただ大阪は少し違うかも。今回ぴったりだなと思ったのはフランスのマノ・ネグラ。ミクスチャーなんてキーワードでは足りない「自由」で「適当」で「自棄」な音。未聴なら、やはりライヴ盤『In the Hell of Patchinko』(’92)を勧めたい。びちゃびちゃに溢れます。
【 Mano Negra ~ Junky Beat / Mano Negra 】
三.浅川マキ
旅に行く前の歌、旅の最中の歌、旅が終わった後の歌、等々、旅の歌は沢山あるけれど、やはり行く前の歌が響くし刺さる。今回、朝早くに岡山の北木島へ行きたくて、まだ暗いうちにホテルを出た。空気は冷たくて、口の中は乾いていて、頭の中で流れていたのは浅川マキの「夜が明けたら」(’69)。聴き慣れているからか、一曲目に置かれているデビュー盤『浅川マキの世界』(’70)収録のヴァージョンの方が好き。もちろんアルバムとしても素晴らしく、全体に流れている当時の雰囲気がとても生々しい。
尾道を訪れたのは今回が初めてだったが、街並みがとにかく美しい。海を見つつ感じつつ、結構な時間を散歩に費やした。歩けども歩けども海が見える、というのは良いものです。昼に一息ついたのは、駅前の食堂「S」。此方も創業七十余年。ビールのお供にメバルの煮付けを選び、椅子に腰を下ろそうとすると「海、見ながらにする?」とママさんから御提案。是非、と頭を下げると裏口のドアを開け「こっちこっち」と手招き。目の前に広がる海、今ずっと見てきたはずの海に「おお」と改めて感嘆していると、椅子とテーブルを出して特等席を作っていただいた。本当にありがとうございます。平日の昼間、天気に恵まれた中、海を見ながら一杯。途中ママさんから「魚、半分いったらダシかけようか」と更なる御提案。是非、と頭を下げながら「贅沢!」と心で叫ぶ。他人様に自慢するなんて、あまり良いことではありませんが、さすがにこれは、ええ、自慢します。
【夜か?明けたら / 浅川マキ】
寅間心閑
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