一.ヒートウェイヴ
年明け早々、息苦しくなるような、そして胃が締め付けられるようなニュースが続いている。何も元旦に揺れなくても、という想いは憤りよりも懇願に近い。一日も早い復旧を望む気持ちは、誰しも持っていると信じているが、それでも分断は起こり、人々の主張は至るところで衝突を繰り返す。こういう時ぐらい、という想いは懇願より憤りに近い。火事場泥棒? 論外だけど意外ではない。悲しいけれど、人間だもの。
事故、火災、と暗く辛い報せが連日続く中、短い正月休みは終わった。何か明るい話を、と思い起こせば昨年まで引き返さなくてはいけない。充実したキャリアを誇る女性ベーシスト、TOKIEが結婚したというニュースは年末の朝、布団の中で知った。一番印象深いのはロザリオスかな、なんて思いながら画面をスクロール。目にした御相手の名前に吃驚。思わずその苗字を叫んだ。長年聴き続けているからこその敬称略。その名は山口洋。ヒートウェイヴのフロントマン、そして個人的三大ギタリストの一人。おめでとう、と心の底から思えた時の気持ちは軽く、明るく、すんなりと布団から這い出せた。
三十年以上聴き続けているバンドの輝かしさなど、三日三晩あっても語り尽くせないが、やはり二十代の頃に受けた衝撃は格別。今でも跡がそのまま残っている。スタジオ盤はもちろん、5枚組(!!)ライブ盤『NO REGRETS』(’01)に収録された活動休止前のライヴは何度聴いたか分からない。そして彼は阪神淡路大震災をテーマにした名曲「満月の夕」(’95)の共作者でもある。タイミングはいつでもいい。忘れない為に、そして忘れる為に、この歌が聴かれる日が来てほしいと思っている。
年末、上野界隈で呑んだ帰り、電車の中でふと思いつき巣鴨で降りた。駅から数分の場所に、今はもうなくなってしまった池袋の立ち飲み「D」の系列店。此方は赤提灯が並ぶ外観も良いが、店内には大箱ならではの風通しの良さがある。無い店の面影を求めるなんて、言い訳が出来ないくらい年寄りじみているが、それも年末特有の気忙しさが薄めてくれた。百円得する千円の金券は買わず、軽く呑んですぐ退店。ほらほら、電池が切れる前に帰らねば。
【満月の夕 / ヒートウェイヴ】
二.水原弘
年明け、初入店したのは、最近オープンした立ち飲みチェーン店「B」の新宿東口店。向かう足取りが弾んでいたのは、ひとつ期待していることがあったから。日頃「B」に立ち寄る機会は多く、少し前に高円寺店へ行った際、昨年オープンの吉祥寺店で働いていたオネエサンを発見。ヘルプというより教育係的な役割かな、と思ったのは、数年前に彼女を野方店でも見ているから。その時の客捌きが圧倒的に素晴らしく、もしかしたら新規開店の新宿東口店にもいるのでは、と予想していた。結果はハズレ。そりゃそうか、と思わず笑いつつも往生際悪く、他の新店舗にいたりして、と考えながらいつものチューハイ250円。もう常連らしき方々が集っていたのは流石。
笑える曲、というのはなかなか難しい。「笑わせる」目的のコミックソング、その代表格であるクレイジーキャッツやドリフターズは、今や笑えるというより「楽しい曲」。未熟/稚拙/時代性などで、意図せず「笑われる曲」もあるが、これはなかなか共有しづらく、そもそも聴き方に棘がある。理由は説明しづらいが、昔から「歌の上手さ」には「笑える」可能性を感じている。いわゆる「笑いのメカニズム」における「緊張と緩和」でいうと、素晴らしい歌声は「緊張」。張り詰めれば張り詰めるほど、どことなく面白い。何度聴いても笑える曲は数少ないが、水原弘の「へんな女」(’70)は正にそれ。抜群の歌唱力が醸す「緊張」と、天才・浜口庫之助の作詞作曲による楽曲自体の軽さ=「緩和」のバランスが最高。
【へんな女 / 水原弘】
三.レイ・ハラカミ
前々から行きたかった角打ちに、ようやく訪れたのは一昨日。田無駅から歩いて十五分ほどなので、缶ビール片手にテクテクと。途中、風が巻き上げた落ち葉に降られたり、道を間違えて行きつ戻りつしたり、と軽く旅情も味わいつつ到着したのは酒屋さん「F」。角打ち用のスペースも作られた明るい店内には駄菓子も置いてあり、子どもたちが買いに来るとのこと。酒は「澤乃井」ブランドが多く、一杯目はお燗をつけてもらうことに。とにかく冷たい手を温めたかった。燗つけ器を使うので温度調節もマイペース。肴にと駄菓子売り場からカルパス36円をチョイスし、大瓶にチェンジ。410円也。素晴らしい。そのうち集まり始めたお客様は地元話に華。終始和やかなオネエサンと簡単な言葉を交わし、密かに再訪を誓う。駅までの十五分は、なぜか不思議と寒くなく。
東日本大震災の時、たいした被害もなかったが、緊急地震速報などを聞き逃したくないという思いから、特に外出時に音楽を聴かなくなった。いや、試しに聴いてみたら何だか落ちつかず五分ももたなかったので、あれは「聴けなく」なっていたのだと今なら分かる。一ヶ月ほど経った頃、イヤホンの向こうの外界の音が聞こえていれば安心できたので、小さな音でレイ・ハラカミのアルバムだけ聴いていた。彼の音楽は外界の音と相性が良く、ずっとそればかり。同じ人の音楽だけ聴いていた時期なんて、後にも先にもない。本当にありがたかった。
寄り添ってくれる音楽、笑える音楽、実際に誰かを救った音楽。毎回のことですが、色々と悩みながら音楽を選ぶのは本当に贅沢。とても楽しんでいます。
今も、多分この先も、きっと心強い言葉は出てきませんが、この場所が良い音楽と出会うきっかけになれば幸いです。
【 grief & loss / rei harakami 】
寅間心閑
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