特集「オノマトペって難しい!?」が組まれている。そう言えばオノマトペについてあまり考えたことがない。擬音語だよねぇというくらいの意識はあるのだが、腑に落ちるまで調べていない。なのでまず専門家の定義から。
オノマトペとは、フランス語のonomatopéeを語源とする擬音語・擬態語を包括した言葉である。擬音語は「武道などでたーっと気合いをだす」「犬がわんわん吠える」「旗がぱたぱたと音を鳴らす」のように人や動物の声、モノや自然の音を模写して表現したものである。擬態語は「星がきらきら輝く」「腰がずきずき痛む」「心がどきどきする」のように実際には音がしない物事の状態や心情の様子を音に喩えて表現したものである。
日本語は世界でもオノマトペが豊富な言語と推察されており、万葉の昔から文学作品などに使用されてきた。今のところ小野正弘・編『日本オノマトペ辞典』(小学館)では、約四五〇〇語のオノマトペが収録されている。だが(中略)若者が時代とともに創作するオノマトペなど辞典に含まれていない語を併せたら、その数は計り知れないだろう。
藤野良孝「俳句で「微妙なニュアンス」を生み出すオノマトペ表現の可能性について」
藤野良孝さんはオノマトペ研究者(朝日大学保健医療学部准教授・早稲田大学研究員)なので、オフィシャルな解説であり定義である。
なるほど擬音語と擬態語ね。僕は若者ではないが、そう言えば口癖のように使っている擬態語がある。「ブヒブヒ」と「ピヨピヨ」なのだが、「ブヒブヒでいいねぇ」とか「なんだ、ピヨピヨじゃねーか」とかいった使い方をする。「ブヒブヒ」は「勢いがあって力強いさま」、「ピヨピヨ」は「腰が定まらず浮ついているさま」くらいの意味である。「力強いねぇ」とか「しっかりしろ」と言うより、「ブヒブヒだね」「ピヨピヨじゃん」と言う方が個人的にはしっくりくる。藤野さんはオノマトペは「さっと耳に入り込み想像力を掻き立て、曰く言い難いことを感覚的に伝達してくれる」効果があると書いておられるが、まあそんなニュアンスである。もちろん僕の使い方は世間的にすぐに了解されるオノマトペではない。
春の海終日のたりのたりかな 与謝蕪村
梅が香にのつと日の出る山路かな 松尾芭蕉
特集に掲載されている小野あらたさん抄出の「オノマトペの名句30選」から、オノマトペを使った代表的な江戸の古典俳句二句である。「のたり」や「のっ」は擬態語だが「鈍い(のろい)」から派生した表現でもあるだろう。
チチポポと鼓打たうよ花月夜 松本たかし
マヨネーズおろおろ出づる暑さかな 小川軽舟
読めば「チチポポ」と「おろおろ」という擬音語(多分)がすぐ印象に残るのだが、どーもしっくり来ないところもある。ちょいと狙いすぎかもしれない。
母の日の母にだらだらしてもらふ 正木ゆう子
幸せのぎゆうぎゆう詰めやさくらんぼ 嶋田麻紀
づかづかと来て踊子にささやける 高野素十
別に句の善し悪しを論じているわけではなく、あくまでオノマトペの使い方の話なのだが、この三句は言われてみればオノマトペかな、という感じである。オノマトペを俳句で使う時は単なる擬音・擬態語でなく、言語的落差を感じさせるような用法が効果的なようだ。平たく言えばちょっとハッとさせるような使い方である。
水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼
しんしんと肺碧きまで海のたび 篠原鳳作
へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男
あー新興俳句系か、とちょっと考えてしまった。オノマトペという日常言語を使って日常言語表現を泡立たせるのに最も長けていたのは、新興俳句の俳人たちかもしれない。意図的なオノマトペの用法は新興俳句から始まったような気がする。
水枕を使う人は最近では少なくなったが、ゴム製の枕に氷が入っていて溶け出すから、頭を動かすと確かに「ガバリ」という感じの音がする。それを遠きものの連結で「寒い海」に繋げたわけだ。病中吟だから夜の海という感じも漂う。鳳作の句が新興俳句の幕開けのよう名役割を果たしたのはよく知られている。こういった青空にスコーンと突き抜けるような表現はかつて俳句にはなかった。モダニズム的な句でもある。
不死男の句からは、世の中がクリスマスで浮き立つ夜に、寂しく情けなくワンタンをすする男の姿が浮かび出る。秋元不死男、戦前は東京三として知られる。京大俳句事件で特高に検挙されたが転向せず一年間獄中で過ごした。プロレタリア俳人とみなされていたが戦後そんな活動は目立たなくなる。
ソバやうどんなら「ズルズル」だが、ワンタンなので「へろへろ」である。しかしヘラヘラしているような感じもある。経歴だけ見ると不死男は鉄の男という感じだが、そうではない。「へろへろとワンタンすするクリスマス」はどこかで平和な戦後の日本社会につながっている。大きな事件よりもこういった日常を詠んだ句の方が、ずしりとこたえる瞬間はある。特定の意味に還元できるわけではないが、オノマトペと言っても文学表現は意味とつながっている。
岡野隆
■ 特集関連の本 ■
■ 金魚屋の本 ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■