第8回金魚屋新人賞受賞の松岡里奈さんの小説『スーパーヒーローズ』第3回をアップしましたぁ。『スーパーヒーローズ』という小説には力がありますね。小説ならではの力です。
私は大げさな仕草で白本の顔に目を向けて、彼の鼻の穴から垂れる鼻血の赤に見とれた。松田に視線を戻しその顔を睨む。睨むことで、あふれ出そうな愛を松田に告白したのだ。
松田は黙って唇を舐めた。
「お前聞いてなかったのか? コイツの方が先に喧嘩売って来たんだぞ?」
松田が地面に膝をつく白本を指さす。私は言葉では答えず、えぁ、と小さな声を上げて涙を零した。この涙の中に狡猾さを凝縮した時、女として参加することを表明したのだ。私は愛の為に、女になった。
彼に私を殴ることは出来ないのだ。もう二度と彼とあんな真剣勝負の駆けっこは出来まい。
松田は暴力を使い、血に染まった。彼は夢を生まれて初めて叶えてくれた人間なのだった。そうして私は急に、安心して女でいられるようになった。
彼にはそういう力があった。私はずっと前からそれを感じ取っていたからこそ、彼が好きだったのだ。何十人という男女が彼の悪口を言うのを聞いた。私も言った。彼の強さのほんの一欠けらすら削ぐことは出来ないのを知ってのことだった。
希望は急にその輪郭を増した。涙と高い声には力があった。
「あんたは本当に最低の男ね!」
そう叫んだ時、生まれて初めての快楽が身体中を巡っていった。松田は傷ついたような目で私を見る。
溶けていく、武装が溶けていく。溶けて地に落ちて地面にすいこまれ、跡形もなく消えていく。全てが地に帰っていく。抵抗で歪んだ世界の全てをあるべき位置に配置する引力がこの目に見える。
(松岡里奈『スーパーヒーローズ』)
こういう記述にゾクッとしなければ小説の魅力は体感できないと思います。ジェンダーもフェミニズムも関係ない、小説ならではの力です。
まあ言いにくいですが、小説家は年を取って知性と感性が鈍り始めて自分の小説の姿を見失うと、政治や経済に関心を寄せがちです。コメンテーターのように天下国家を論じ始めるのですね。しかしそれは文学者の本道ではありません。だいたい文学などという浮世離れした仕事にうつつを抜かしてきた文学者に高い社会性が備わっているわけがない。
小説は俗を、現世を描くものです。年を取ったら取ったで現世との矛盾を含む交わりを描き出さなければなりません。『スーパーヒーローズ』の主人公は「アクトク。/悪徳。/それは輝かしい響きだった。/学級文庫の小難しい本の中にこの単語を見つけた時、私はその響きに魅了された。どこか懐かしく、正体を知っていたような気がした。それは松田を愛し始めた日の鼓動の音だった」とも呟きます。うーん、いいですねぇ(笑)。
■ 松岡里奈 連載小説『スーパーヒーローズ』(第03回)縦書版 ■
■ 松岡里奈 連載小説『スーパーヒーローズ』(第03回)横書版 ■
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