遠藤徹さんの連載小説『物語健康法(入門編)』(第07回)をアップしましたぁ。『物語健康法(入門編)』は小説の力、物語の力というものを考える上でとても重要な作品です。今回は波乱が起きます。波乱というより事件ですね。
「お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ!」
若者は苛立っていた。
「どういうことでしょう?」
「俺はお前の本を読んで作家を志したんだよ。お前みたいに小説書いて、金持ちになって俺をいじめた奴らを見返してやろうって思ったんだ。だから、高校も中退して、引きこもって物語を書き綴った。それはほんとうにすごかったさ。自分のなかからこんなに物語が溢れてくるなんて、俺は想像もしてなかったからな」
「それは、よかったではないですか。充実されたということですよね」
「ところがだな、どこに応募しても俺の作品は受賞どころか一次すら通らなかった。俺の苦悩がお前に分かるか? お前の言葉にすべてをかけた俺の人生をどうしてくれるんだ」
(遠藤徹『物語健康法(入門編)』)
小説新人賞に応募する新人作家がちょっと間違うと口にしそうな言葉ですね(笑)。小説をお金儲けの手段にできるのかと言えば、できます。面白い小説とは何かという定義は読者によって違いますが、何種類かに分けることができます。恋愛、謎解き(推理サスペンス)、ホラー、時代、エロティシズム、冒険、ファンタジー、青春などです。それぞれのテーマがそれを欲求する読者パイを持っています。そのパイを獲得できる小説を狙い澄まして書けば、ある程度の収入を得られる確率は高くなります。いわゆる大衆小説です。
これに対して作家がどうしても書いて社会に発表したい独自のテーマがあります。簡単に言えば純文学です。これはテーマがはっきりしている小説よりも売りにくい。何が売れる小説なのかもわかりにくい。もちろん大衆小説と純文学をきっちり分けることは不可能で、大衆文学でもある程度の純文学性を持っているのが普通ですし、その逆も真です。
『物語健康法(入門編)』の主人公真田寿福が勧める物語健康法の「物語」は、基本的には純文学に属しています。素人であろうと作家が自らの内側にある物語を紡ぐわけです。しかし真田の言う物語は、文学の世界での純文学ではありません。もっと根源的なものです。いわゆるモノーカタル物語であり、物語の形になって初めて作家がその意味、意義に気づくような物語です。ですから――小説の中でのフィクションではありますが、上条のようにそれによってガンが完治するといった奇跡も起きるわけです。
人間が生み出す物語の根源は恐らくその無意識層に存在します。それを汲み出してくる作業がモノーカタル物語ということになります。一方で意識界、つまり社会であらかじめ一定の理解と流通性を得ている物語というものもあります。それを代表するのが、今回初めて登場する海原泰山です。真田と海原の対立が『物語健康法(入門編)』のストーリーになってゆくわけです。
1980年代から今に至る文学界は、ある意味海原泰山の時代だったと言うことができます。何かのとっかかりを得て、そこから人脈などを拡げてゆき、なんとなく名の知れた作家になっていった文学者が非常に多い。ただそういった作家は、名前を知っていてもまず間違いなく代表作がない。文学者の能力はそこそこでも、文学業界でも処世術に長けた作家が文学業界の中心に居座っていたりします。
石川は戦後文学が完全に消滅した1980年代から2020年代に名を上げた作家たちは、将来的に文字通りのロスト・ジェネレーションになるのではないかと思っています。彼らは文学の世界は変わらないと思っているので従来的なレールに乗り、その中でうまく立ち回ることで結果を出してきた。しかし必ず状況は変わります。遠藤さんは今の停滞した文学界を変える力を持った作家の一人です。
■ 遠藤徹 連載小説『物語健康法(入門編)』(第07回)縦書版 ■
■ 遠藤徹 連載小説『物語健康法(入門編)』(第07回)横書版 ■
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