一.ヴルフペック
さあ、令和初の師走。「もう」とか「早いもので」とは言いたくないから「さあ」。別に待ち焦がれていた訳ではないけれど。今年も色々と聴いて、方々で呑んだ。首が回るうちに振り返っておかなければ。
数ヶ月前から熱心に聴いているのが、アメリカのミニマルファンクバンド、ヴルフペック。ミニマルなファンク、という少々想像しづらい、でもきっと良さそうな感じがする言葉にまんまと引っ掛かり、曲をチェックしたのが運のツキ。今では大体の音源を揃えるまでに。ミニマル、が意味するものは音数の引き算。なるほど聴いた感じはとてもタイト。しかしそのテイストだけで既存のファンク・ミュージックをなぞってしまうと、耳当たりはショボくなる。その点、彼等はコード感や旋律はポップ寄りに、そして時間数は短めに、と改定済み。個人的にファンクの醍醐味は「大人数での演奏」と「セッション的な長尺」、そしてその結果溢れ出る「混沌」。なので、彼等の音楽のファンク度数がそんなに高いとは思わない。但し、抜群に良い。ファンキーな室内楽、としか浮かばない自分の語彙力が恨めしい。あともう一つの魅力は、音楽にも演者の姿にも塗されている「すっとぼけ気味のユーモア」。このスパイスの中毒性たるや。
店の看板に一番大きく記されるのは店名。そんな固定概念を覆してくれるのは町屋の居酒屋「D」。看板には「家へ帰ったら何もないぞ!!」の文字が踊っている。初めて見た時は先約があったので入店せず、前を通過しながら感心した。反射的にツッコミたくなる、フルスイングのすっとぼけ。浮かぶのは「食うもんくらいあるわ」「何で知ってんねん」等々、なるほどまんまと反応してしまった。実際に訪れたのは数週間後、長めのカウンターは既に埋まりかけていて、白板には「カラスのうんこ」「ママのうんち」とやはりすっとぼけ気味のメニューが。ちなみにそれぞれ50円と130円。もちろん無粋なネタバレいたしません。それ以外も串モノは80円から、200円台のメニューもかなり豊富。例えば「上だけマルゲリータ」290円。これだけで、きっと良さそうと期待値が上がる。御夫婦と思わしきマスター&ママさんと、常連と思わしき客のやり取りもアットホームで居心地抜群。実はつい先日も呑んできた。贅沢にカット果実が入ったレモンサワー290円と「人妻の創った」と冠されるポテトサラダ250円でスタート。常連客同士のゆるいやり取りを聞きながら、ぼんやり一年を振り返る快楽たるや。
【1 for 1, DiMaggio / VULFPECK】
二.キース・ジャレット
無論「聴いて&呑んで」ばかりではなかった。インもいいけど、アウトもね。文章を書きながらよく聴いていたのは、キース・ジャレットのソロ・コンサート各種。つまり1972年夏から始まった、弾き当たりばったりの単独完全即興演奏。名高いのは四百万枚以上売り上げた『ザ・ケルン・コンサート』(’75)だろうか。個人的には『ソロ・コンサート』(’73)のローザンヌ公演の中盤以降に毎回心を奪われるが、それだと自分の作業に支障が出る。人生、なかなか難しい。
彼の音楽に対する真摯なアプローチはエピソードになりやすい。客の咳払いに憤慨して公演を途中で切り上げた数年前の大阪公演みたいに。ただ理解を深めるには逸話より映像の方が効果大。あの無心さは何度見ても凄い。演奏に集中すると発せられる、素っ頓狂な唸り声にも納得。必要なんだな、と思えば気にならない。能における後見と同じ……ではないか。
純正アマチュア・バンドをやっている関係上、練習が終わる度にメンバーと呑む。基本週一のペースを守りながら十年近く。友人の結婚式から自主企画無料ライヴ、それに町の夏祭りまで、何処でも演奏致します。幸いにも顔触れは変わらないし、居心地重視なので行く店も変わらない。それ故、行きつけに畳まれると大騒ぎ。なにしろ毎週のことなので……。そんな大切な店のひとつが下北沢の寿司屋「A」。雰囲気、価格、味、すべてが御近所に愛されている。五人分の刺盛り、野口先生二枚だなんて。本当、有難いです。全員無心で呑み食いする為、頼む物は数年間ほとんど変わらない。あとは煮穴子に細巻き三種。酒は焼酎のボトルをキープ。これこそ宴への真摯なアプローチ……ではないか。
【Keith Jarrett Solo Concert 】
三.ガーゼ
前向き、後ろ向き、様々な理由が重なり最近は年に一、二度しかライヴへは行かない。今年は結成四十年弱の国内最重要ハードコア・パンクバンド、ガーゼを二回観た。以上、と話を〆たくなるほど圧倒的な演奏。その速さと重さに「凄え」と何度も口走ってしまった。それぞれ対バンもアナーキー、原爆オナニーズと重鎮揃い。そして何より客が格好良い。年季の入ったパンクスの姿に気合いが入る。個人的にパンク、中でもハードコアは、日本の作品が海外に大きな影響を与えてきた稀有なジャンルという認識。
初めてガーゼを聴いたのは四半世紀前。十曲入り十八分の二枚目『EQUALIZING DISTORT』(’86)にガツンとやられた。メディアへの露出が極端に少ない彼等だが、活動は今も精力的。自主企画ライヴ「消毒GIG」は百七十回以上を数え、東日本大震災の際も迅速な反応を見せた。きっと来年もライヴに行く。そして簡潔かつ強烈なメッセージに、何度でも背筋を伸ばすはず。
南千住の居酒屋「O」は撮影禁止、携帯禁止、といった厳格さで語られることが多い。確かにメモを取っている客を注意したり、酔った客を追い返す御主人の姿を見たこともある。ただ別に怖くはないし、そのおかげで居心地は抜群に良い。年季の入った広い店内で、程よい緊張感に背筋を伸ばす。いつも頼むのは焼酎のミルク割り。追加の焼酎を入れる時は手を出さず、全てお任せする。好みの肴は甘みのバランスが亡き祖母の味に似ている玉子焼き。きっと来年も店に行く。そしてあの清廉なムードに、どっぷりと浸るはず。
【面を洗って出直して来い / GAUZE】
寅間心閑
■ ヴルフペックのCD ■
■ キース・ジャレットのCD ■
■ ガーゼのCD ■
■ 金魚屋の本 ■