一.BOX
ビートルズについて文章を書こうとする時の、「でも今更なあ」感の強さたるや。彼等ほど多くの人に解析され、検証され、論評され、そして記されたロック・バンドはいない。来日公演時の様子、名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(’67)の歴史的意義、解散へと至る経緯等々、ビートルマニアでなくてもきっと/多分/一応「読んだ」ことはある。
個人的な好みとしては六枚目『ラバー・ソウル』(’65)以降、所謂中期。それ以前はナナメ聴き。雑食性が花開いてからの彼等は、本当凄まじい。一曲だけ選ぶなら、通称『ホワイト・アルバム』(’68)収録の「ディア・プルーデンス」。優れたソング・ライティングに冴えたアレンジ、というシンプルながら一番難しい正解に彼等はしばしば到達する。ちなみにプルーデンス嬢はアメリカの女優、ミア・ファローの妹。ビートルマニアでなくてもこれくらいは知っている。
初めてのビートル体験は小四あたり。母の友達の旦那さん製の編集テープ二本組、まあ所謂海賊版。そんなに気に入った記憶はないが、後年正規のアルバムを聴いた際、曲の順序に違和感を覚えるほどは聴き込んでいた。意識的に摂取し始めてからは、彼等ならではのテキストの多さが役に立つ。同時に入ってくるのは国内ミュージシャンたちのビートル愛。影響を受ける、というのはこういうことなのかと理解できた。
ソロ活動のキャリアも豊富な杉真理、松尾清憲――二人のポップ・マエストロを擁する四人組バンドBOXは、本当にビートルズっぽい。ぽいって何? と首を傾げるのは様々なパターンがあるから。一目瞭然のコスプレ、完全コピー、ずうとるび等々。どれもビートルマニアなら楽しめるし、爆笑する瞬間もあるはず。ただBOXのそれは少々違う。彼等の場合は一聴瞭然。爆笑することはない。その代わり、端々でニヤリとしてしまう。ほお、と感心してしまう。カヴァーではなくオリジナル曲。だけどとてもビートルズっぽい。
プロの音楽家たちが所属事務所の垣根にとらわれず/リリース云々を度外視し、純粋な研究心/遊び心で作ったデビュー盤『ボックス・ポップス』(’88)は、ビートル愛に溢れた一枚。聴けばすぐ分かる凄味。楽曲にキラキラと散りばめられたビートル要素が、耳に蓄えられた記憶を刺激する。
呑むのに並ぶことはない。勿論何軒かの例外アリ。例えば「割烹くずし」という魅力的なフレーズを掲げた北千住の立飲み「T」。一時間制というルールながら、いつも開店前には行列ができる人気店。旨い何かを食べに行くのではなく、何か旨いものが食べれるから行く。そんな贅沢の為なら並んじゃう。人間だもの。どれどれ今日は……うなぎ煮こごり、わらさなめろう、鯛の天ぷら。どれも400円。どれも旨い。メニューを見ればすぐ分かる凄味。でも雰囲気はとても家庭的。L字カウンターでリラックスしながら至福の一時間。
【Temptation Girl / BOX】
二.チューリップ
レコーディングの際、スタジオにはメンバーだけでなくビートルズのアルバムがあった、という旨の発言をしていたのはチューリップの財津和夫。言い得て妙だ。彼等にはほぼビートルズのカヴァーで構成された企画盤『すべて君たちのせいさ!』(’76)――これまた言い得て妙なタイトル――があるものの、基本的にオリジナル曲。「心の旅」(’73)、「虹とスニーカーの頃」(’79)等ヒット曲も多い。ただ、彼等のビートルは一聴瞭然ではない。ただ憧れるのではなく、横並びに位置付けることで肉体化しているから、皮膚のすぐ下を走る静脈のように青く浮き上がる。
ビートル度数が高いのはやはり初期のアルバム。個人的な好みは最初のベスト盤『心の旅』(’73)。ちなみに「和製ポール・マッカートニー」と称される人物は三人。一人は伊豆田洋之、残りの二人はBOXの杉真理と財津和夫。「和製ジョン・レノン」については寡聞にして知らず。自称している人は沢山いそうだけれど。
大庄グループ系列のチェーン店居酒屋「やるき茶屋」出身の店主が営む、その名もストレートに「Y」は新中野の居酒屋。いつまでもやる気を忘れないように、という直球のリスペクトが気持ちいい。しかも店名は大庄の社長公認。となればメニューは「やるき茶屋」っぽいのか……。答えは否。実は此方の店主はインド人。それはメニューを開けば一目瞭然。マサラパパド、キーマカレー、マトンカレーに止まらず、スパイシーおでん、スパイシー砂肝、海老のタンドリー焼き、と殆どの料理がカレー味。意外な組み合わせに驚いたとしても、実際食べると本当に旨い。食べているうちにクセになるスパイスとハーブの魔力。
【僕のお嫁さん / チューリップ】
三.ジョージ・ハリスン
本家ビートルズのメンバーも解散後、ビートル度数の高い楽曲を披露している。元々当事者だから当たり前、という指摘は野暮。意図的にビートルズへ寄せている感じが堪らない。特に「静かなビートル」と呼ばれたジョージ・ハリスンが、日本で最も売れたアルバム『クラウド・ナイン』(’87)に収録した「When We Was Fab」は、曲調だけでなく歌詞でもビートルズ時代を振り返り、ミュージックビデオにはリンゴ・スターも出演(ドラムも担当)。ビートルマニアでなくても興味深い作品。
今回、この原稿のアイデアをまとめ、紹介する曲を選んだ場所は原宿の大衆食堂、その名もストレートに「B」。綴りも違うし単数形だけど、店の提灯と扉にカブト虫のマーク。半ば導かれるように輪郭が描けた。場所柄いかにもギョーカイな感じの会話も聞こえるが、抑制の効いたセンスのいい内装と丁寧な接客のおかげでリラックス。焼酎170円とタンサン150円で酎ハイを作り、ツボを心得た肴を頂きながら、音楽のことを考えている時間はとても贅沢。
【When We Was Fab / George Harrison】
寅間心閑
■ 杉真理、松尾清憲のCD ■
■ チューリップのCD ■
■ ジョージ・ハリスンのCD ■
■ 金魚屋の本 ■