一.クアルテート・エン・シー
ハモるのが苦手だ。昔から不得手。歌うことは普通に出来ていると思うが、ハーモニーは別モノ。あみんの「待つわ」、ピーナッツの「恋のフーガ」、藤谷美和子・大内義昭の「愛が生まれた日」などカラオケ定番ハモリ曲もダメ。つられちゃって気付けばユニゾン。
だからだろうか、昔からハーモニーのある楽曲に惹かれる。
声は楽器か、という問いは厄介だ。歌詞が認識できた時点で、やはり楽器ではない気がする。ということは、スキャットを奏でる声は楽器なのか。うん、まあ、そう、かも、ねーーと歯切れが悪くなる。明快に言えることは、ハーモニーに道具は要らないということ。声ってとても生々しい。
ブラジルのポピュラー音楽、MPB(ムージカ・ポプラール・ブラズィレイラ)を聴き始めた時、最初にハマったのは女性コーラス・グループのクアルテート・エン・シーだった。結成五十年超の大ベテラン。デビュー時は四姉妹だった彼女たちのハーモニーは、MPBという枠を軽々飛び越えるほどの衝撃で一時期はそればかり聴いていた。道具要らず、と思っているからか、最低限の資材で美しい城を築くようなイメージ。心と耳が洗われちゃう。御紹介する楽曲は男声コーラス・グループMPB4との共演盤『COBRA DE VIDRO』(’78)から。
これだな、とピタッとくる瞬間がある。仕事でも遊びでもある。もちろん呑んでいる時だってある。立呑みやら角打ちやらを覗き始めた頃は好奇心優先でどこか浮き足立っていた。のんびり立っているようでどこかソワソワ。隙あらばキョロキョロしようと窺いまくり。それがある時ピタッときた。「ああ、これでいいんだな」という感じ。酒と向き合うなんて柄ではないし、自分と向き合うほど実は詰まってないが、ただそこに立って呑んでいられた。その店は惜しくも閉店した角打ち、御徒町「まきしま酒店」。いつも早い時間だったので大抵ひとりきり。時折オヤジさんと言葉を交わし、愛猫の写真を眺めながらリラックスする。あの店で覚えたのは黒ビールと醤油煎餅の相性の良さ。そして最低限の酒と肴で豊かな時間を築けること。今でもよく黒の小瓶と煎餅で呑む。個人的定番の食い合わせ。あの店はたしかエビスの黒だった、なんて思い出しながら。
【Noites Cariocas / Quarteto em Cy e MPB4】
二.タイム・ファイブ
好きな酒も肴もあるけれど、これがなくちゃって程ではない。なんなら未経験のものを試したくなる。自家製の漬物とか興味津々。
どっちも好きだけど、そういえば組み合わせないな、というのが餃子とワイン。大森にはその二つをそのまま店名にした「G」という店がある。アイデアだねえ、と感心しながら訪れたのはビルの地下一階。店のオニイサン曰く「安くて地下だとボッタくられそうでしょう」。確かに此方、お安い。思わず180円のチューハイを頼み、後からワインの店だったことを思い出す。反省反省。230円の焼き餃子(五個入り)は味が濃いのでそのままパクリ。広く明るい店内のBGMは海外ラジオ。洒落てる、というか開放感が心地いい。さあ次こそは、と250円の赤ワイン。でも氷入りのかち割り。その次は……ワインの炭酸割りかな。
コーラス・グループを聴く時の楽しみはハーモニーの美しさだけではない。特に国内のグループだと選曲、そしてアレンジも堪能できる。代表格はデューク・エイセス、ボニージャックス、ダークダックス。ちなみに立呑み屋で混んできたら、半身に構えてスペースを空けるのが通称「ダーク」。由来は勿論彼等の立ち方。
どのグループも唱歌や童謡のイメージが強いけど、ジャズナンバーは相当クール。彼等より十数年若い、とは言いつつ結成五十年越え/メンバーチェンジ無し(!)のタイム・ファイブも同じく。彼等の歌声を初めて聴いたのは、きっとハウスの即席ラーメン「マダムヤン」のCM。洋楽で揃えたデビュー盤『ディス・イズ・タイム5』(’70)は安定のクオリティーだが、選曲、アレンジの妙では『Timeless』(’16)が興味深い。SMAP「夜空ノムコウ」や井上陽水「夢の中へ」という並びの中一際目立つのが「ひょっこりひょうたん島」。ツッコミ待ちの変化球と思いきや、井上ひさしの歌詞の効果かこれが意外と沁みる。ナイスアイデアだけでは済まさないベテランの底力。
【ひょっこりひょうたん島 / タイム・ファイブ】
三.ランバート、ヘンドリックス&ロス
5?60年代にかけて活躍した男性二人に女性一人のコーラス・グループ、ランバート、ヘンドリックス&ロスはとにかく格好いい。特に60年代に入ってからの『ザ・ホッテスト・ニュー・グループ・イン・ジャズ』(’60)、『シング・エリントン』(’61)、『ハイ・フライング』(’62)は素晴らしい。シャバダバ/ドゥビドゥビのスキャットではなく、ジャズのインスト曲やアドリブ演奏に歌詞を付けて歌う、所謂「ヴォーカリーズ」スタイルが有名。時にはユーモラス、時にはルーズと表情豊かな声色のハーモニーはとても贅沢。特にアップテンポの曲だと、三者の歌声の応酬に痺れちゃう。
〆にラーメンなんて数える程しか経験がない。歳を重ねてからは尚更御無沙汰。〆る余裕があったら、もう一杯呑んでトドメを刺す……っていうのも危なっかしい。そんな時、個人的には焼肉がいい。自分のペース、分量でいけるし、視覚的に満足度高いし、ラーメンよりきっとヘルシーだし。ただ、なかなか値が張る。お高いんでしょう? ってヤツだ。
その普遍的な問題を解決した店が池袋の「K」。大衆焼肉、と銘打ってるだけあって一皿200円代からと優しい価格。「え、キャベツはお代わりできるの」とか「ジンギスカンが250円!」とか「少しずつ色々いけるじゃん」なんてこころの声に忠実にオーダー。結果、レバー、ジンギスカン、豚タン、と小皿の応酬。夢のハーモニー。嬉しい悲鳴をあげる前にまずは酎ハイを。
【Cloudburst / Lambert, Hendricks & Ross】
寅間心閑
■ 金魚屋の本 ■