一.ポリス
そろそろ点検に行かなきゃな、と思ってはいた。まあでも焦るもんでもないしな、とか、まだまだ大丈夫かな、なんて余裕かましてた。そしたらほら、言わんこっちゃない。ちょっとした違和感が数度。ヤバイなと慌てる頃にはもう遅い。疼き始めてる。何って、もちろん歯。奥の方、二箇所。もう待ったなしだ。すぐ電話して予約。何処にって、もちろん歯医者。場所は武蔵小杉。ちと遠い。以前は渋谷にあった。
学生時代、バイト先に挨拶に来た人がいた。同じフロアで今日から開業するという歯医者さん。偶然にも前日から歯が痛かったので、すぐに診てもらった。そこから四半世紀、ずっとお世話になっている。場所が移って遠くはなったが、信頼感&安心感には代え難い。そしてあの辺りには良い店もある。但し、治療の具合によっては時間を潰す必要アリだけど。
軽めの処置で済んだ場合、即ち「すぐにお食事大丈夫ですよ」と言われた時は、近場の新丸子の食堂「S」へ。老舗の大箱。ガラッと扉を開けるといつでも活気に溢れてる。一番奥のカウンターに通され、黒ビールの小瓶400円を。歯科衛生士のオネエサンに「大丈夫ですよ」と言ってはもらったが、そこはかとなくおっかなびっくりのオーダー。肴はねぎぬた250円。これも少々及び腰。此方はメニューがとにかく豊富。みんなで来て、色々つつきながらワイワイやるのがベスト。そんなワイワイを感じながら黒ビールを注ぐ。すると勢い余って溢れた一滴が凍った。これ、グラスをしっかり冷やしていた証拠。素晴らしい。この活気にはちゃんと理由がある。
再結成やライヴ盤はアタリが少ない、というのが私見。なので再結成したバンドのライヴ盤はどことなく敬遠気味。但しポリスなら大丈夫かも……。そんな淡い期待を抱えて臨んだ、二十数年振りの再結成ライヴ盤『サーティファイアブル』(‘08)。一曲目「Message in a Bottle」で「淡く」しか期待出来なかった頭を引っ叩かれ、「史上最強のロック・トライアングル」という評価が大袈裟ではないと痛感。ずっと途切れなく活動してきたのでは、と思えるエグいほどの現役感。スティングの声もよく出ている。三人という最少編成だからこそ確認しやすい底力。それが客席の活気の理由。
【Message in a Bottle / The Police】
二.ザ・ベンチャーズ
ちょっと難儀な処置をした場合、大抵食事をするまで一時間待たなければいけない。そんな時に目指すのは元住吉。ダラダラと歩けば三十分弱。あとは長めの商店街をウロウロしてどうにか一時間。もう行先は決まっている。駅近くの居酒屋「H」。渋い、というか「これぞ地元の居酒屋」的な店構え。外にダダ漏れている店内BGMは白根一男「はたちの詩集」(‘61)。素晴らしい。ただ外観のオーソドックスさに油断してはダメ。
店内に入れば鳥羽一郎系の渋い板さん、オーダーを取るのはフランク・チキンズ系の金髪&タトゥーのオネエサン、運んでくれるのは物腰柔らかなオニイサン、とミクスチャー。そして皆さん、とても感じがいい。此方ではイワシやブリのなめろうを頼むことが多いけど、今日はホヤの刺身350円。安い。板さんの包丁さばきを見ながら、治療箇所に遠慮しいしい酎ハイを。程なく綺麗に盛られたホヤ刺到着。現物を見たら更にお安く感じてしまう。氷の上に並べられた身は大振りで旨い。贅沢しております。仕事帰りの諸先輩方の明るい愚痴を聞きながら、ぼちぼち次の刺身を検討開始。
平成も終わるこのご時世、もはやエレキギターの擬音は「テケテケ」に非ず。ギュイーン、でもないか。
昭和40年代に巻き起こったエレキブームの立役者、ベンチャーズ。当時、加山雄三や寺内タケシ経由で多くの若者たちに「テケテケ」が届いた。彼等の来日はビートルズより数年早い。
昔から愛聴していたが、最近また面白く聴いている。若い人、いや若くない人もイメージだけで聴いた気になっているなら是非一聴を。油断してはダメ。意外とラフでダーティーでスピーディー。オリジナルアルバムではなく、多数出回っている廉価なベスト盤でOK。
【Caravan / The Ventures】
三.フランク永井
ベンチャーズの初来日から遡ること五年、フランク永井は有楽町そごうのキャンペーンソング「有楽町で逢いましょう」(’57)を大ヒットさせていた。ジャズ(洋楽)からムード歌謡へ転向して僅か一年後だが、その間にリリースしたシングルは十四枚(!)。多い時には一ヶ月で三枚(!!)出している。ジャズ時代のリリースは全部で四枚、雪村いづみとのカップリングが多い。転向の理由は単純明快。売れなかったから(!!!)。ただ内容はいい。あの低音ボイスでジャズを歌うと妙な凄味が出る。体感しやすいのはジャズ時代のラストシングル「16トン」(’56)。プラターズ版が有名なナンバーだが、日本語詞部分のインパクトは抜群。
肝心の武蔵小杉にもお目当ての店はある。目指すは呑み屋街・センターロード小杉。ただその道すがら、雰囲気のある店を発見。「大衆酒場」の四文字暖簾、「酒の店」の三文字赤提灯、頭上に浮かぶ頼り無げな電燈看板。迷わず予定変更。入店したのは居酒屋「M」。カウンター、テーブル、座敷席と整頓された店内はいい具合にドライ、つまり殺風景で嬉しい。厨房丸見えのカウンターに座り大瓶を頼む。肴は100?200円台がメイン。品目は多くないが絞り込み方が絶妙。迷った挙句、隣の客に倣ってブロッコリー230円。扇状の盛り付けが美しい。頼んでいる人も多く名物献立の気配アリ。聞こえてきた話だと、此方は創業半世紀以上。成程。この乾いた雰囲気、そして何の変哲もない肴が映える辺り、老舗の凄味を感じる。心地いい。
ただ残念ながら、今日で治療は一段落。しばらくは来られない。よし、次は半年待たずに歯の点検をしてもらおう。当然帰りは此方でブロッコリー。
【16トン / フランク永井】
寅間心閑
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