一.ザ・チーフタンズ
平日昼間っから呑めるのは有難い。背徳とか優越感とか色々あるけど、そういうのは一旦うっちゃっとこう。だって鰻屋行くんだもの。もうゴチャゴチャ考えない。まあ鰻といっても串の方。丼とか重はハレの日に。
訪れたのは自由が丘、創業六十余年の「H」。年季の入った木のカウンターだけで気分がいい。席についたら即リラックス。近所の店にフラッと立ち寄ったみたい。ビールを頼み、からくり焼き、きも焼き、塩焼きの三種をオーダー。漬物はサービス。有難くいただきます。
ポリポリ齧りながら見渡すと、丼や重を食べるランチ客と、串が肴の酒呑みが大体半々。これが定食屋や食堂だと水と油になりがち。黙々と食べる組と伸う伸うと呑む組、みたいに。でも此方では綺麗に混ざり合ってる。どちらも良い顔。だって鰻だもの。
アイルランドのトラディショナル・ミュージック、と云えばザ・チーフタンズ。キャリア五十余年年の大ベテラン、リリースしたアルバムは四十枚超。彼等の初期のアルバムは純然たる民謡。正直なところ、何て言いますか、ええ、ちょっとまだ難しい。まだまだですな、と自戒しつつシンガーとのコラボレーションを聴くことが多い。
華やかなのは『ロング・ブラック・ヴェイル』(’95)。スティング、ストーンズ、トム・ジョーンズ等多彩なゲストと共に鮮やかな演奏を繰り広げるハレの音楽。普通の日にのんびり聴くなら『アイリッシュ・ハートビート』(’88)。二曲を除きトラディショナル・ソング。歌うは孤高のソウル・シンガー、ヴァン・モリソン。彼の塩味の強い声と柔らかな伴奏が混じり合う。美しい音楽だけど取っつきやすい。すぐに寛いじゃう。
【Carrickfergus / Van Morrison & The Chieftans】
二.佐野元春
初めて鰻串を食べたのはふた昔前。新宿・小便横丁(当時)の老舗「K」。創業七十余年。外から丸見えの店内は常連でいつも大賑わい。当時はなかなか勇気が出ず。向かいの蕎麦屋「K」で天ぷらそば(冷)を啜りながら横目で様子を窺っていた。たまに宴を中抜けして蕎麦を食べに来る猛者もいたりして。で、ある日一念発起。酒の勢いを借りて念願の初入店。但しそんな状態だからか魅力に囚われることはなかった。嗚呼、本末転倒。
時は流れ、御主人は若き四代目に代替わりし、すぐ隣に新店舗も出来た。天ぷらそば(冷)を啜りながら横目で窺っていたので知っている。先日、酒の力は借りずに久々再訪。年季の入ったカウンター、やかん、食器棚。そしてタレの染みた灯りの笠。まず雰囲気に酔いつつ、えり焼、きも焼、ひれ焼、蒲焼、そして運良く希少部位・れば焼にもありつけた。いやあ、旨い。熱燗、もう一杯お願いしましょう。縄のれん越しに蕎麦屋を横目で窺いつつ、実り多き再訪に乾杯。
積極的に音楽を聴き始めた頃から、もちろん佐野元春の名前は知っていた。友達の兄ちゃんが好きだったし。でもしっくりこなかった。ちょっと軽いなと思っていた。理由は明確。彼の影響を受けた音楽を既に聴いていたから。往々にしてオリジナルは薄味に感じる。進化・発展するほど濃くなりがちだもの。それに加えて自分の耳が未熟。聴き取れるものが少なかった。
時は流れ、再会を果たすのはバック・バンドであるザ・ハートランドとの軌跡を詰め込んだ三枚組ライブ盤『ザ・ゴールデン・リング』(’94)と、それに次ぐアルバム『フルーツ』(’96)。ガツンときた。一~四分台のポップソングが十七曲。その密度と振り幅、そしてそれを剥き出しにしないポップなコーティング。昔、軽いと思った所以がコレ。その意匠に深く感心。
還暦を過ぎた彼はここ数年、『ゾーイー』(’13)、『ブラッド・ムーン』(’15)、『マニジュ』(’17)と二年に一枚のペースでアルバムをリリースし、成熟とキレの良さが両立することを証明し続けている。
【ポーラスタア / 佐野元春 & THE COYOTE BAND】
三.□□□
□を三つ並べて、クチロロ。その特徴的な名前は知っていた。一度見たら忘れない、とても良い名前。ただ楽曲を聴くまでには至らず。そんな状況が数年。ところが平成二十一年、俄然そそられる一報を耳にする。いとうせいこうが□□□に加入――。様々な肩書きを持つ才人だが、個人的には「日本のヒップホップ」の先駆者。そんな彼が四十代後半で加入するグループ。聴きたくなるのが人情ってもんよ。加入直後の六枚目『everyday is a symphony』(’09)から、加入前のアルバムに遡り、そして新作が出れば聴く。聴く。聴く。
最初興味があったのはいとうせいこうの混じり方だったが、気付けばそんなことは忘れていた。理由は明確。純粋に□□□の楽曲が良かった。既存のジャンルから時には大きく羽ばたき、時には微かに舞い上がるスタイルはとても魅力的。物語の中に迷い込んだり、快適なリズムに溺れたり、ちょっと他では味わえない体験ができる。いとうせいこう加入は、素晴らしいきっかけだった。
池袋の居酒屋「U」に行ったきっかけは、もちろん鰻串。かぶと、ひれ、きもは百円台。蒲焼でも二百円と庶民の味方。素晴らしい。まず扉を開けると下り階段、地下に広がる創業四十余年の店内は、お座敷でもコの字カウンターでも雰囲気最高。大瓶頼んで、さあ何を食べようか。そう、ここは鰻の専門店に非ず。多種多様なメニューが揃っていて、名物はカレーライスだったりもする。やはり最初から鰻……、いや〆にしようか……、なんて迷いながらもリラックス。
無論、人気店だけに入れない夜もある。入れるけれど「今日はもう鰻が売れちゃって……」という夜もある。あららら、と言いはするけれどガッカリしてはいない。何といっても雰囲気最高な店、他の肴で呑むだけさ。鰻はあくまできっかけ。良い店に出会えてラッキー。
【いつかどこかで / 口口口】
寅間心閑
■ 金魚屋の本 ■