金魚屋3冊同時刊行の新刊書籍、原里実著『佐藤くん、大好き』、小原眞紀子著『文学とセクシュアリティ-現代に読む『源氏物語』』、鶴山裕司著『日本近代文学の言語像Ⅱ 夏目漱石論-現代文学の創出』が刷りあがりました。金魚屋 BOOK SHOPでは販売を開始しましたが、Amazonと書店さんへの配本はまだです。Amazonの配本は来週から始まりますが、金魚屋はまだ書店さんの棚を確保できているわけではないので、これからボチボチ本を流通させてゆきます。もしどこかで見かけたら是非お手にとって読んでみてください。
カバーを見れば一目瞭然ですが、3冊とも裏表紙に著者の写真が入っています。ずっとこの形式で行くわけではないですが、これは当面の金魚屋書籍の方針です。この装幀にした一番大きな理由は、文学書から〝19-20世紀的な文学の重さ〟を払拭するためです。文学者は感受性の面でも知性においても、もはや社会で突出した存在ではありません。「知の極北」や「見者(ヴォワイヤン)」を気取っても仕方がない。極端なことを言えばそんな勘違い文学者はテレビに出せない。あやふやな超能力として表舞台に立つと社会の笑い者になってしまう。普通の人だけど文学に関しては的確で高いプロフェッショナリティを持っているのが現代の文学者の姿です。
もちろん声優と同じで作家は顔が見えない方がいいという意見があるのは重々承知しています。しかし今は情報化社会です。読者が未知の作家に興味を持てばネットで早速ググる。そんな時代に顔を隠してもしょーがない。それに人間の顔もまた大切な情報の一つではないでしょうか。たくさんの情報が詰まっています。それに顔がわかると作品の魅力が失せるというのでは、過去作家の作品は読めませんよね(笑)。ただ顔を出すにしても辛気臭い写真はNGというのが文学金魚の方針ではあります。
書籍の価格をできるだけ下げているのも金魚屋の方針です。『佐藤くん、大好き』376ページ1600円、『文学とセクシュアリティ』696ページ2200円、『夏目漱石論』400ページ1800円は今の文学書の相場ではちょっとだけお得です。価格を抑えるのはとても重要です。そのため金魚屋では様々なところでコストダウンを図っています。それは金魚屋を現在の文学出版界で存在意義のある版元にしてゆくためです。
石川は文学業界の編集者歴が長いのでそれなりに苦労しています。ベンチャー出版はすべからく高邁な理想を掲げて船出します。しかしスタート後に経済に苦しめられる。そーなると自費出版を募ったりでだんだん経済重視になって当初の理想を見失ってゆく。石川はそんな版元をイヤというほど見てきましたので、文学金魚は当初の理想通りに稼働させたい。本の制作コストを下げて価格を下げるのが理想でありまして、価格を下げても制作コストが膨らんだのでは高い売り上げ目標が必要になる。理想を保持できるコストと価格バランスを探りながら出版してゆきたいと考えています。
ただ石川、本の売上に関してぜんぜん楽観しておりません。むしろ厳しいだろうなと考えています。出版界は、本の売上高は下がっているのに刊行点数は増えているのです。版元はもちろん著者も自分のことに関しては甘いので、なんの根拠もなく売れるだろうと考えがちです。しかしそれが甘い。すごく甘い。夢見るのではなく、この手の本なら最低でもこのくらいの部数という厳しい現実感覚を持たなければなりません。もちろん金魚屋も売る工夫を考えますが、著者も自分の作品はひたすら可愛いぢゃなくて、表現したい核心はそのままに、その上何を工夫すればより売りやすいのかを本気で考えなくてはなりません。でないと次の本が出なくなります。
金魚屋の理想は文学をジャンル別縦割りではなく総合的に捉える視点を確立することにあります。それにより21世紀文学のヴィジョンをいち早く形にしたい。そんなヴィジョンを持っていそうな作家を探し選び出して本を出版してゆきます。本には違いないので微細な差異に見えるでしょうが、従来とは異なる本作りをします。
今回刊行した3冊は金魚屋的な本です。原里実さんの『佐藤くん、大好き』の帯には『金魚屋の純文学』と入っています。今の小説文壇の基準で言えば『佐藤くん、大好き』はまったく純文学に当てはまらないはずです。しかし金魚屋は『佐藤くん、大好き』は純文学だと自信を持って推します。むしろ純文学は『佐藤くん、大好き』のような方向に進んだ方がいい。『佐藤くん、大好き』には作家の強い観念軸が立っています。それがあるのが純文学の要件であり、柔らかい書き方はもちろん、面白く読めるから大衆文学やラノベだといった評価はバカげています。もちろん作家の原さんは、社会から見られ批評されることで繭のように閉じていた居心地のいい世界から引きずり出され、動揺し苦悩することになるかもしれません。しかし作家として活動してゆくならいずれそうなる。単行本デビューしたらもう後には引けない。突き抜けていただきたいですね。
小原さんの『文学とセクシュアリティ』と鶴山さんの『夏目漱石論』は、金魚屋のクリティカルな側面を端的に表す評論集です。お二人とも詩人ですが、もはや詩だけに留まる作家ではありません。また『文学とセクシュアリティ』は『源氏物語』を中心にした総合文学論であり、『夏目漱石論』は漱石の小説だけでなく、俳句や漢詩、禅との関係を論じた総合文学的評論です。こういった評論は小説プロパーの批評家には絶対に書けない。文学を総合的に捉えた作家にしか書けないのです。最初に出す評論集ということもあり、金魚屋の版元としての姿勢がはっきりわかる二冊を選びました。『源氏』や『漱石』だけでなく、金魚屋が何をやろうとしているのかに興味を持ってくださる皆様にも是非読んでいただければと思います。
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