一.THE 日本脳炎
ゲンは担がないしジンクスも持ってない。鰯の頭は迷わずバリバリ食っちまう。幸か不幸か、とにかく信心ってモノがない。でも最近御指摘を受けた。ルーティーンならあるじゃない?
そんな一流アスリートじゃあるまいし、と笑ってみたが成程あるにはある。ひとつ大きく違うのは、その先に勝負がないこと。確かに酒を呑むのに勝ちも負けもない。いや、負けはあるか。泥酔して鞄を失くすのは大惨敗だ。経験、もちろんございます。鞄の中には各種カードにケータイ、鍵。各方面に御迷惑をおかけし、暫くは失意の日々。あれは本当に大惨敗。うん、閑話休題。そう、ルーティーンの話。この街に来たら兎にも角にもこのお店、というのはある。まあ、負けない程度に呑んできます。
赤羽は朝酒/昼酒と相性抜群。老舗の「M」で鰻を肴に呑み始め、近くのおでん屋「M」でコップ酒のだし割、なんて贅沢なスタートもいい。けど、ここ最近一軒目に足が向くのは、立飲み「I」本店。コの字カウンターに壁沿いの簡易卓が数個。土日は大変。時間によっちゃ満員電車さながらの混雑。外のテーブルまでぎっしり。場所柄、喩えるなら埼京線か。「アジフライ出来たよ!」「コロッケどこ~?」。ラッシュの中、飛び交うオニイサンの声を聞き逃がさないように。
ただ平日はまだ隙間がある。すっと滑り込み百円玉三枚を置いたら酎ハイと煮込みを注文。呑んで食って出るまで三分ほど。これで気分が出来上がる。背筋を伸ばして二軒目へ。
十分以上のファンク、二十分以上のプログレにも好きな曲はあるけれど、やはり三分間で完結する美しさには敵わない。もちろん、三分間を返してほしくなる駄曲は星の数より多いけど。
パンク・ロックの進化、特にスピード面でのそれにより、完結するまでの時間は更に短縮化。90年代半ばのメロコア台頭によりその傾向は顕著に。ただ海外のムーブメントとラグが少なかった分、日本独自の「いじくり」が足りなかったのも事実。
そこを補って余りあるのがTHE 日本脳炎。もう名前からズルい(メジャーデビュー時に改名)。音は昭和50年代後半の日本語ロックーー初期ボウイ、ルースターズ、アナーキー等のハードコア的解釈。楽曲のいなたさと音色の凶暴さの絶妙なバランスに、一曲聴けば背筋が伸びる。
【香港カフェ/THE 日本脳炎】
二.東京スカパラダイスオーケストラ
亀戸も呑み屋には事欠かない街。北口にも南口にもたくさんある。でも必ず寄るのはアルコールのない店、中央通り商店街の中華料理屋「I」。中華料理といってもメニューは三つだけ。油条(揚げパン)、豆乳、豆腐脳。全部頼んでも600円。ザーサイやラー油で味を変えながら食べる豆腐脳の旨いこと。店内は中国語の貼紙(求人募集等)が満載、そして客の会話も中国語。多分、味も本場に近い……はず。
此方は初めて行った時からずっとお気に入り。ワンオペで頑張るオネエサンは最初少々取っ付きづらいけど、すぐに笑顔で色々教えてくれる。日本語だって少しは通じる。昼下がり、塾に行く前の中国語の少年と、斜向かいで揚げパンを頬張っていると、これから酒を呑むのが嘘みたい。
十六歳。色々な音楽を聴く度、経験の少ないウブな耳はいちいち刺激を受けていた。その大半は昔のアルバムだったけど、リアルタイムの音楽も少しはあった。エロ本になる前の雑誌「宝島」と、そのガールズ版だった「CUTiE」経由で聴いた、スチャダラパーと東京スカパラダイスオーケストラ。即ちヒップホップとスカ、という未知なる音楽。初めて聴いた時からずっと、ウブな耳は悦びまくってた。特にスカパラは、速くないのに/歪んでないのに/インストなのに/、パンクと同じ興奮作用があることに吃驚。バンド名を冠した六曲入りミニアルバム(’89)は殆ど三分未満。サルのように何度も何度も聴いた。
吃驚はもうひとつ。あれから三十年近く経つのに、彼等の音楽はいまだに刺激的。新譜が出る度、確認してしまう。
【スキャラバン/東京スカパラダイスオーケストラ】
三.ハーパース・ビザール
ソフトロック、という枠組みは分かったようで分からない。潮流は幾つかあれど、束ねるほどの共通項はなかなか見当たらず。個人的にはソフトなロック、というシンプルすぎる理解に留めている。カーペンターズもそう、と言えばイメージしやすいかも。
約半世紀前にデビューしたハーパース・ビザールが乗っているのは、「理想のアメリカ」を指標とした「バーバンク・サウンド」の流れ。ざっくり言えば、スタジオ技術総動員の懐古趣味。中でも彼等は凝りまくったアレンジとハーモニーが特徴的。その威力を痛感するのは既存の曲の再解釈、即ちカヴァー。輪郭のはっきりしたR&Bも柔らかいポップスに生まれ変わる。四枚目、その名も『ハーパース・ビザール 4』(‘69)に収録の「Witchi-Tai-To」もカヴァー。案外原曲(=ジム・ペッパー)に忠実だが、ドリーミー度数は格段にアップ。この夢見心地な三分間は何度も何度も繰り返したくなる
さあ、そろそろ帰ろう。もう一軒なんて調子にのると大惨敗になっちまう。そう分かっていても、寄っちゃうのが池袋の角打ち「S」。カウンターに百円玉三枚と十円玉二枚を置いて、トマトサワー(焼酎半分)とわさび豆を注文。山下達郎等シティポップス率が高いBGMを聴いていると、ふっと気分が軽くなる。所謂夢見心地。でも油断禁物。軽くなって舞い上がったものは、必ずいつか落ちてくる。だからその前に帰らねば。そう、大惨敗しないためにも。
【Witchi Tai To/Harpers Bizarre】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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