「リクエスト・アンソロジー」という特集の中に、似鳥鶏という面白い名前の作家さんの「7冊で海を越えられる」という作品が入っている。
最初に見たとき、これはエッセイか、と勘違いした。似鳥鶏という名前は一度覚えたら忘れないけれども、これまで知らなかった。で、最近は編集者ばかりでなく、本屋の店員さんもいろいろと露出するようになって ( それが悪いというわけではない。むしろ編集者の露出よりは気持ちがいいし、文章もいいんじゃないか )、面白い名前の店員さんが本屋の業務についてのエッセイを書いているのか、と。
「リクエスト・アンソロジー」というのは、誰かがお題を出して、それで小説が書かれるというものらしい。この作品については、作家の大崎梢からの「本屋さん」というリクエストに応じて書かれたという。
似鳥鶏ブログ談によると、「近所の本屋さんで客を装って不審な質問を繰り返したり、ひたすら書店員さんの書いたブログを渉猟する」などしたらしい。それで出てきたリアル感のある業界話で、エッセイのように見えた、ということらしかった。
書店員たちが、クセのある客たちをタイプ別に隠語で呼ぶというのが、リアルなだけでなくて、ちょっとした、微かな衝撃ではあった。どこの業界にだってあることで、驚くには当たらないのだが、本屋で我々は本しか見ていない。品揃えや配置でその書店の見識を評価し、訊ねた本について即答する店員の知識に感心はするが、書店員が「人として」我々を見ている、と思ったことはない。まあ、こんな類いの雑誌ばっかし、レジに出すのは恥ずかしいなあ、というぐらいか。
そういった隠語の一つ、「整理屋」と呼ばれるタイプの客の投げかける厄介な謎をめぐる短編である。
似鳥鶏が、この短編のために一生懸命に取材したのは、やはりリクエスト主である大崎梢が元書店員の経験を持つからだろう。知らない作家はまだまだいるもので、大崎梢はデビュー作をはじめとして、本屋や出版社、書物にまつわる小説が多いということだ。
似鳥鶏の「7冊で海を越えられる」には、実在の書物の名がいろいろと出てくる。もちろんマザーグースとか不思議の国のアリスとかを下敷きとするミステリーは書かれているが、ごく最近の、そこらへんで聞く ( 失礼 ) 書籍の名前そのものが謎解きの記号のようにしてぽんぽん出てくると、その妙なリアリティに幻惑される。
これはたぶん似鳥鶏という作家が始めたことでもなくて、リクエスト主の大崎梢の作品にもしばしば登場するようなテクニックなのだろう。いうまでもなく、その効果はポストモダン的なものでもある。本屋や出版社で起きる、いわば閉じられた世界の物語。だがその「7冊で海を越えられる」。
閉じられた世界が世界全体に通じるというのは、書物そのものの姿でもある。それでも「本屋や出版社を舞台とする」という限定はやはり、世界の部分でしかないはずだ。それを世界全体と見なし、また見なすしかないというなら、そのことは究極的なポストモダンの光景として、今の出版状況を示しているようにも思われる。
池田浩
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■